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日々是好日

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令和3年度に授業で配付していた通信です。その一部を紹介。
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「いま」を、生き切る

 近年の文化庁による「国語に関する世論調査」によれば、1カ月に1冊も本を読まない人の割合が約50%で増加傾向にあるという。四十而“不或”ともいえる40歳になってから本と向き合うようになった身としては何も言えた義理ではないが、なかなか驚愕の数値ではなかろうか。ただ、この事実を嘆き、皆さんに本を読もうと懇願したいわけではない。あしからず。ともあれ、狭い世界に留まらずに、枠を取り払える機会に恵まれ、人生が好転した。読まないより読んだ方が絶対にいいとは思うが、人にはそれぞれ本を読み始

「言葉」という贈り物

 先日の職員会で、校長先生が三木清氏の言葉「真の希望は絶望から生まれる」を紹介された。今までなら思えず聴こえないから関心も持たずに素通りだっただろう。しかし、通勤電車内で読んでいる本が、まさしくノ・ジェス著『心感覚~正しい絶望からはじまる究極の希望~』であって、この絶妙なタイミングに驚きを隠せない。ただ読んでいただけといえばそれまでだが、自分の中にあるものと流れが共鳴するというのは凄い。因みに、この本は続きが気になってワクワクするほど面白く、今年一番おすすめしたい本である。ま

共生する

 来年度のテーマである「いのちと向き合う」をもとに、読書会を主催させていただき、“問い”は一層深まった。「なぜ私は生きているのか」、「生きる意味とは何だ」。答えを簡単に紡げないからこそ、『看護総論』講座における主題として設定し、ゆっくり対話を行っていきたい。それは勿論、答えを出すためではない。そもそも、医師より患者さんと共に過ごす時間が多い看護師は、技術はもとより、相手を思いやるココロ(魂)、相手を傾聴する感性を磨くことが求められる。そこが大切だと思っている。人は千差万別であ

自分の姿をみる

 今、何と向き合っているだろうか。進路(受験)、人間関係(友だち、親)、趣味。無論、何でもいい。向き合っていると、自ずと“問い”が湧き上がってくるだろう。「受験勉強しているのは何故だろう」、「友だちとは何だろう」と、…。そして、大概にして“答え”は簡単に出てこない。答えが容易に出れば、それは向き合っているとは言わない。だから、すぐに答えを出そうとしなくていい。  自分自身のことは自分が良く分かっている。そういう類いの言葉は幾度となく耳にしてきた。しかし、果たしてそうだろうか。

タイミングの感度

 ミニマムムーン。今月18日は今年一番小さく見える“満月”の日であった。理系の割合に、知人から教えてもらい知る。色々なタイミングで知るのは、まさしくチャンス。逃す手はない。そして、長年疑問だったのが、半分の形の月を何と呼ぶか。上弦の月、下弦の月というらしい。これ以外にも月には色々な呼び名があって、月一つに感性溢れる表現を持てる昔の人は素敵。いとをかし。  スーパームーンと比較すると、月は地球からさらに44,000km遠くなる。この差に至極驚愕し、混沌状態。月は自転しながら、地

「ことば」に出合う

 この情勢になってから、殆ど新聞を読んでいない。その時間をできる限り、本を読むことに当てている。大切にしたい“志”は、知識や情報を得ることではなく、感性溢れる「ことば」に出合い、それらをもとに自己対話することである。自分では用いたことのないことばの数々。昨年は「紡ぐ」を頻繁に使ってきたが、今年に入り直感的に「織りなす」が琴線に触れたのでたくさん使いそうな予感である。それにしても、どちらも“糸”に通ずる。前世は織物職人だったのかもしれないが、もともと内側に秘めていて、心地よい形

五感、ときどき直感

 Vaundyによる『踊り子』を聴きつつ、yurinasiaの魅惑的なダンスを観ていると、ノスタルジアを感じずにはいられない。この曲を最近知人に教えてもらったが、世の中はまだ知らないことばかり。やはり、一人で生きることなく周りの人と共有することで、またご縁が広がる。流れ、出合いは素敵だな。  「四十而不惑」は孔子の言葉だが、私は半ばに至るものの常に惑う。今年を回想すると、“風の時代”への転換的な流れをまさに体感したともいえるし、新しい道を見出し始めた激変の年であった。読書会の

まさか、知らないなんて

 石川幹人著『生物学的に、しょうがない!』が私に語りかける。珈琲を飲みながら、しみじみ想う。どうにもならない遺伝子を抱えている人間の儚さ、弱さ、哀しさ、愛しさ、…。人間の生まれ持った性として諦めてしまうのではなく、無駄な抵抗と分かっていながらもそれに抗ってみたい。遺伝子vs私。しかしながら、この本に甘えて、安心してしまう自分がいるのも矛盾を孕みつつ、確かな事実  不安になる、イライラする、嫉妬する、人前で話すのが苦手、後悔する、人の目が気になる、知ったかぶりする、自分が揺らぐ

生きがい

 偶然に(必然的な流れで)出会った動画サイト「英語コーチ-イングリッシュおさる」に衝撃を受けて、授業で紹介した。英語をできるようにしたい人はぜひ参考にしてほしい。因みに、私は大学1年生のときにNHK番組に出演する大西教授の講義を受け、英語に興味が湧く。今まで思い描いていた英語のイメージが覆されると同時に、あのような授業をしてみたいと思い、今に至る。おさるさんはその教授の著書などで学習して、根幹が似ている。そこに共鳴した。熱冷めやらぬ前に、英単語を覚えてみようと勇み立つ。すぐさ

力を抜く

 揺られる長野電鉄、雑踏の中。福岡県の移動式書店を営む知人からのお薦めである、石井ゆかりさんの本『選んだ理由。』を読む。43ページの「力を抜く」というコトバが目に留まった。ナゼだろう。自分なりに噛み砕こうと自問自答し始めたら、ページを捲る手がピタッと止まる。この世界とは別の世界への旅に出ているかのようだ。この感覚は“読む”という行為では必然的に起こることであり、大切なことかもしれない。  すっと読めてしまう本は読みやすいだろうが、印象深くないし、心に残ったり、魂を磨いたりする

利他のこころ

 天台宗の尼僧である瀬戸内寂聴さん(99歳)が永眠された。生前は色々あっただろうが、ありのままにすべてを受け入れて、多くの方の悩みを傾聴し、数多くの言葉を遺した。その中で、お子さんに「何のために生きるの」と聞かれたら、「誰かを幸せにするために生きるのよ」と答えてください、と語っているのは共感の至り。まさしく利他の精神である。ようするに、自分よりもまずは人を想うことを説いたのである。例えば、料理研究家である土井善晴さんが『料理と利他』で語っているように、料理は利他的である。お弁

内なるもの

 “コミュニケーション能力”という語句に対して、明るくて、外交的で、話ができるようなイメージを持つのは私だけだろうか。この言葉の語源は、ラテン語のcommunis(共通したもの)といわれる。だから、「何かを共通のものにする」という意味があるので、決して話し上手である必要はない。言葉を発せずとも身振り手振りでもいい。何かを伝えるだけの一方的なものでなく、共通のものにする以上、双方向のやりとりが大切であるため、相手からの情報を聴いてあげることも重要なのである。  ところで、小学校

我思う、故に我あり

 “文字”を眺めていると、どうでもいいと思う節がありながら、突然に疑問が湧き上がってくる。答えが簡単に出ないと分かっていつつ、意味を捻り出そうとする。例えば、「あ」を何故「あ」と書いたり、読んだりするのか。こんな根本的なことを思考し始めると泥沼にはまる。当たり前といえばそれまでだが、歴史的にみても長い年月の末にそうなってきたのである。そんなことを巡り巡っていると、這い上がるのに時間がかかる。結局のところ、諦めることで無理矢理決着をつける。しかし、もしかしたら、これは哲学的かつ

いのちをいただく

「お命頂戴仕る」は、さながら時代劇のようで物騒だが、武士道の世界では尊敬の言葉にあたる。お互いは命と命の真剣勝負であった。だからこそ、武士たちは命が尊く重いものであることは十分に理会していた。尊さを知るが故に、命が輝いて見え、美しかったに違いない。だから、「志」ある者に惹かれたのだろう。そういう志を持つ人に私も憧れる。  本を読み始めて暫くして仏教に興味を持った。その流れで、ご縁があって親鸞聖人の祥月命日に勤まる「報恩講」に参加したことがある。その案内の通知に書かれた次の言葉