君はシリウス(脚本)


人物
まほ(23)女

〇女の1Kの部屋(夜)
ミニテーブルと小さな空の本棚、スマホがある。まほ(23)はところどころ黒くなっている白いぬいぐるみを持って真ん中に立っている。机の上には1冊の本と、リンゴジュースのパックが2つ置いてある。1つはつぶされている。

まほ  君がくれた白いぬいぐるみを燃やしてみた。だんだん真っ黒になっていくぬいぐるみと、焦げ臭くなる1Kの部屋の匂いに耐えきれなくなって、途中でコンロの火を消した。思い出して泣いたりなんてしたくないからね。

まほ、ミニテーブルに置いてあるリンゴジュースを飲む。

まほ  このリンゴジュース、君はよくここに来ていたから、君のために買い置きしてたんだけど、もう君のためには必要ないね。私、ジュースって苦手なんだ。甘すぎて、歯が浮いちゃうあの感覚がとても苦手。だから、ジュースはあまり飲まない。まぁ、今飲んでるけど。あともう少しだから、頑張って飲むね。

まほ、スマホをいじりながら、

まほ  彼氏の君と恋人らしいことしたっけ?あ!「彼氏」って君のこと言っちゃったけど、それで良かった?私たち、2年一緒にいたけど、好きです付き合ってくださいみたいなこと、一切してないよね?でも、「君のことが好き」って顔に書いてあったから付き合うなんてことないし、別にいっか。私は君の彼女で、君は私の彼氏ってことで。
    ・・・あれ?あぁ、そうだった。昨日、スマホの中にあった君との写真を全部削除したんだった。「幻覚のような思い出を作りたい」って君は言い出したら聞かなかったよね。だから、私は仕方なく白いワンピースと麦わら帽子をかぶって、一緒に海に行った、あの夏の思い出も消した。遊園地で買ってくれたカチューシャと、2年記念日のアルバムも燃やしちゃった。ほら、外に空地あるじゃん?あそこで、燃やした。こういうのって、法律が絡んでくるんだっけ?バカだからわかんないや。・・・本当は、本当はね、バットで派手に叩いてから燃やした。悲しかったり辛かったり、そんな感情は一切なくて、ただ無我夢中で叩いて壊して、火をつけて、燃えていく様子をじっと見ていた。
    きっとね、君からもらった指輪の写真もないと思うって、これは君じゃなかった。元カレ、いやその前の元カレだったかな?わかんないけど、君から女の子のキラキラした夢のようなプレゼントをもらったことはなかった。ごめん、全くディスってるわけでもなんでもないよ、これは。でも、君から指輪が欲しいなと思ったことはある。もちろんある、女の子だし。君からもらった指輪を左手の薬指につけて、この人は私の夫だぞー!かっこいいだろー!って言いふらしながら町を闊歩したいと思ったこともある。そんな夢は叶わなかったし、指輪も結局もらえなかったわけだけれど。

まほ、机の上に置いてあった本を手に取り、

まほ  これ、君から最後にもらったやつだね。君は自分が読んだ、素晴らしいと思った星にまつわる本を、私に強制的に読ませていたよね。どうしてもその本を私の家に置いてほしいからってプレゼントとして買ってきてさ。「プレゼントだよ」って言われたら、やっぱ断れないじゃん?まぁ、アルバムと一緒に、これ以外全部燃やしちゃったんだけどさ。そういえば、君がこれを渡してきたとき、「本当の幸せってなんだろう?」って私に聞いたけど、これを最後まで読めば、君が考えていたことがわかるのかな。もう返さなくてもいいし、時間はたっぷりあるから、ゆっくり読むね。

まほ、窓の外を見る。

まほ  わぁ、もう夜!今日は星が綺麗だねぇ。ふふ、夜になったら、君は必ずこう言ったよね。「僕はシリウスになりたい」って。シリウスがどんな星でどんな色をしているとか、私にはちんぷんかんぷんでほとんど聞いてなかったけど、これだけは覚えてる。そのあと、君がくれた星座図鑑で調べたんだけど、シリウスは全天の中で一番明るい恒星なんだって。知ってた?って君はもちろん知ってるよね。知的で賢い人だったし。

まほ、身支度を始める。スマホはカバンに入れる。髪を下ろし、口紅を塗る。

まほ  ところで、君が残っているこの部屋から私はもう出ていくんだけど、君はどうなったのかな?君は、本当にシリウスになったのかな?昨日、突然シリウスになったばかりで、きっと君はまだ通信手段を持っていなくて、だから私から確かめるすべは何もないけど、やっぱり気になるよ。私宛に白いぬいぐるみだけ置いていって、やっぱり君は君のことわかっていたのかな。でも、急にいなくなるなんてずるいよ。

まほ、飲み干したりんごジュースのパックをつぶしながら

まほ 彼氏なら彼氏なりのお別れの言葉っていうのがあるんじゃない?君の彼女である私はさ、君の彼女であった私はね、君にシリウスになんかなってほしくなくて、ずっと隣にいてほしかったよ、なんて、いまさら、もう遅いんだけどさ。

まほ、カバンと本を持ち、扉を閉めようとする。少し考えて、

まほ  やっぱり、これ読めないや。

まほ、扉を閉める。白いぬいぐるみ、小さな本棚、本が残されている。テーブルの上には、つぶされたりんごジュースのパックが2つ。

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