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胸を張れる好きなこと



noteを始めてずいぶん経った。

酸いも甘いも自分の気持ちは自分だけのもの。
自分の感じたことを自分の言葉で綴る場所。

そうすると、
過去の自分と今の自分の想いが重なって
似たような言葉を綴ることもある。

それは、また同じような気持ちになるほどに
自分の軸になっている想いなのかもしれない
なんて気づきにもなる。



そんなわけで、ふと、
過去の自分の記事を眺めたくなることがある。

誰かのための言葉ではないから、
そんな大それた言い方はヘンなんだけど、
自分が書いた本がずらっと並んだ本棚を
見ているような感じだ。


「わたし結構やるじゃん!」
と誇らしくなる。

自分のためにやっていることが
こんなにも続くなんて。





1年前にもこんな記事を書いていた。

似たような気持ちもあれば、
すこし、違ったところもある。



noteを始めて、そして、続けてみて、
何よりもよかったと思うのは、

「わたしは書くことが好きだ」

と気づけたことだ。


すごくすごく、単純なことで。

noteを始めなくても気づけそうなことだけど。



わたしは絵を描くことも好きで。

つまり、

「表現すること」が好きなんだと思う。



そんなにも大きな言葉で括られると、
世の中の人間はみーんな、
表現することが好きな可能性がある。




"言葉"で表現することが好きだ。


「人は、触れてきた言葉でしか話せない」

という話を聞いたことがある。


それに、

noteを見ていて、ほっとする温度の、
しっくりくる、なんだか好きだなあ、
という文章がある。

その逆もある。



言葉は、

絵ほど自由ではないように見えるのに、

すごく、その人を表している気がする。



頭の中にふわっと浮かんだキモチを、

いろんな言葉を並べて見比べて、

「これだ!」と当てはめていくのが好きだ。




noteを始めて、劇的な変化があったわけでもない。

言葉を綴ってお金を稼ぐわけでもなければ、
自分の表現に自信があるわけでもない。


でも、ただ、言葉で表現することが好きだ。

それに気づいた。


ただ好きなことを自分で見つけたのが、
すごくすごく嬉しい。


宝物をひとつ見つけたみたいなものだ。

誰かに見せびらかすんじゃない。

ただ、ああいいなあ好きだなあ、って。

わくわくしながら手に取って大切にする。


誰か、という尺度を抜きにして、
好きだと胸を張れるのは最高だ。

#noteでよかったこと

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