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マーロン・タパレス 所感

本年も暮れ始める頃、WBC・WBO世界スーパーバンタム級王者の井上尚弥と対戦するWBA・IBF世界スーパーバンタム級王者マーロン・タパレス(比国)。
90%……いや、99%井上の勝ちが固い——そう見られているタパレスなのだが、果たしてどんなボクサーなのか。試合を迎える前に、その印象を書き残しておきたい。

まず、2団体同時戴冠を果たしたWBA・IBF世界スーパーバンタム級王者ムロジョン・アフマダリエフ(当時)との対戦——番狂わせ——から見えた印象としては、「フィジカル」が強い選手。
旧ソ連であるウズベキスタン出身として、五輪の銅メダリストでもあったアフマダリエフも力強い選手だったのだが、試合を観る限り全く引けを取っていない。
「技術」か「フィジカル」かという短絡的な見方をするのなら、後者の要素が強い。

しかし、対戦当事者となる井上の言葉を借りるのなら「もっとごりごりのファイター(フィジカル重視)だと思っていた。けど改めて試合の映像を見ると、想像以上に技術がある。印象ががらりと変わった」ということになる。
確かに、日本王者止まりで終わってしまう“ファイター”と比べれば、間違いなくテクニックはある。「日本王者クラス」というよりは、一昔前の“日本人ファイター”と比べれば、と言った方が適切かもしれない。
とにかく、この辺り同じアジアの選手とは言え、日本や韓国の選手とは違い、比国の選手は“強く”はあっても“硬く”はない。“柔らかさ”がある。
しかし、一方でその柔らかさを有する上体は、優れたディフェンス能力として発揮されているというより、“パンチが当てづらい”という、相手目線から見て嫌らしい印象を与えているのではないかという気がする。

タパレスは顔が小さい。
首もしっかりしているため、極端に言えば顔が首に埋もれるようなシルエットになる。

おそらく、ストレート(真っ直ぐ伸びる系のパンチ)は、当てづらいように思える(すでに引退した岩佐亮佑さんには左ストレートで倒されているが、それについては後述する)。
フィジカル寄りの選手だったとはいえ、アフマダリエフも、ストレートのキレで勝負するより、巻き込むフック系のパンチの方がクリーンヒットを奪えていた。
しかし、それでも井上だから、ピンポイントでストレートを打ち抜いてしまいそうでもあるのだが、“真っ直ぐ系が当てづらいタイプ”であることは、該当しているように思える。

なので、仮に井上が、“勝利重視”の安全な戦い方を選択したとしても、ボクシングをレッスンしたというほどの圧倒的な印象は残せないのではないか——?
ボクシングという競技の性質上、全てのラウンドで井上がポイントを稼ぐのかもしれない(ボクシングは僅差のラウンドでもどちらかの選手に優劣を付ける。世界戦はそれを12回重ねる。ダウンがなければ基本的に最大で12ポイントの差が付く)が、俯瞰的な評価は絶対的なものにはならないかもしれない。

左ジャブが、安定してヒットし続けないよう思う。
もしくは、ヒットしていても“当たっていないような印象”を、周囲に残していくのでは――?

それでも、井上は“倒すボクシング”を前提に試合を組み立てる(想定して試合に入る)ので、どんな形でもいいから勝ちに行くという試合を、そもそもすることがない。
前戦となったスティーブン・フルトン戦も、戦前は「勝ちに徹する」という発言を残していたが、いざ蓋を開けてみると、KOのための戦い方を、逆算でしていたらしい井上である——「(フルトンに接近戦をさせるため)餌を撒いていた」。
だから、最終的には井上がKOで勝つ可能性が最も高い。しかし、その距離は必然的にタパレスの勝ち目も少しだけ広げることになる距離であることも触れておく。

タパレスがサウスポーであることを踏まえても、「左フック」がキー・パンチになるだろうか。
繰り返しになるが、もしこれでタパレスの顎を、早々とワン・ツーで射抜くようなことがあれば、改めて井上を「井上」だと感じてしまう。

勝敗予想としては井上の「8:2」。
早いラウンドでのKOはないと見る。
中盤——もしくは、終盤まで粘られてのKO勝利。
タパレス同様サウスポーであり、前評判ではタパレスより曲者だと思われていたファン・カルロス・パヤノ戦のような、1ラウンドでの“閃光決着”はない。
ただ、井上に「左ボディー」という必殺ブローがある限り、仮に接近した距離に迫られようと、劣勢に回るとは考えにくい。その中で、過去にボディーで倒されたことがあることを棚上げし、タパレスの腹部が平均以上に鍛え上げられていると仮定した上での予想でもある。

もし、井上が負けるようなことになった場合の最大の可能性は、井上自身によるコンディション調整の失敗だろう。
仮に、片方の拳の骨が折れていても勝ってしまうのが井上なのだが、体全体のキレを失っていた場合、“フィジカルに特長のある”タパレスを抑え切れないという展開はありえる。
また、最初の一発は誰もがもらうことがあるという意味で(ラッキーパンチ)、その一発が井上に入り、アンラッキーな体勢になったあとに二発三発ともらってしまうというパターン。
しかしこれも、最初の一撃で井上がKOされるとは考えにくく(何でも出来る上に打たれ弱くもないのが井上)、あくまで可能性を探っていったならば、という話になる。

だが、それでも「8:2」と見るのは、ジョンリエル・カシメロ(バンタム級時代から井上のライバルと目されていた一人)よりも、シンプルにタパレスの方が強いと思っているからである。

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