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個撮百景 Portfolio of a Dirty Old Man第6話:本番とリハのあいだに

あらすじ
 主人公の【俺】は、都会の片隅に暮らす写真撮影が趣味の中年男。夕暮れ時、思うような写真が撮れないところへSNSに溢れる浅薄なカタカナ言葉を思い出し、苛立ってしまう。今日こそアカウントを削除しようと決意したものの、以前に撮影した地下アイドルから撮影依頼メッセージを受信し、決意も吹き飛んでしまう。いかし、彼女がブログで取り上げた写真という言葉に拒絶反応を起こし、依頼を断ろうかと悩む。口実を探そうと、地下アイドルのメッセージを丁寧に読んで自らの大人気なさに思い至り、撮影を決意する。当日、俺は地下アイドルを撮影し、その画像を見せつつの他愛もないやり取りから、自分の写真を振り返る。

■写心
 写意の同義語。写意の項参照。
 写真の語呂合わせで、カメラマンの一部は非常に好んで使う。反対に頭が悪そうとして毛嫌いするカメラマンも少なくない。写真を写心と言い換える言葉遊びがいつ始まったのかはわからない。ただし、昭和40年代末には使用例があるとされており、バブル期以降からはメディアでも一般的に使われているようだ。
 いちおう、言葉としては明治の錦絵師「楊洲周延(ようしゅう ちかのぶ)」の『幻燈写心競(げんとうしゃしんくらべ)』と題された連作があり、また古くは清初の文人画家「王槩(おうがい)」の『写心集』もある。とはいえ、楊洲周延の『幻燈写心競』は女性の内心が幻燈機の投影像のごとく映し出された様を描いたもので、また王槩の『写心集』は時代が古すぎるのはもちろん、中国語の写は第一に『書く』を意味するため、写真と無関係であろう。

亀子写写丸 フォトグラファーの口説きテク最新101 民明書房 平成31年

■写意
 絵画などで、形を写すことを主にしないで、被写体の持つ内容、精神など内に秘められた美を描写すること。

出典 精選版 日本国語大辞典

 ゴールデンアワーだかマジックアワーだか知らないが、路上写真を撮る自分にとっての夕暮れ時は、ビルの影が街路をおおい、その割に街の灯りは映えないという、単に厄介な時間に過ぎない。明暗差が激しすぎるし、長く伸びる人々の影が、やたらとドラマチックに、エモーショナルななにかを呼び覚ましてしまうのも、フラットに都市と向き合い、そこに暮らす人々に焦点を当てたい、ひとつの写真に多様な【読み】を盛り込み、正解のない作品を創りたい俺には、いささか面白くない要素だった。
 いや、どれだけ悪態をついたところで、自分自身も夜明け前の澄んだ碧さ、日没直前の紅に染まる空に心打たれるのは否定できないし、それどころか撮影を繰り返した時期だってある。だからこそ、ソーシャルメディアにあふれかえる、判で押したような型通りの夕景や早朝の画像、そしてアダルトビデオのパッケージだってもう少しつつましやかではないかと思われるほどに仰々しく、そして強烈に煽り立てるゴールデンアワーやマジックアワーなんて浅薄きわまりないカタカナ言葉には、どうしようもなくうんざりさせられていた。そんなわけで、たとえ自分への八つ当たり、馬鹿げた自己封印と言われようとソーシャルに朝や夕の画像はあげない。
 それに、そろそろソーシャルメディアから手を引いてもいんじゃないかと、そんな思いも頭から離れなくなっていた。
 ニンゲンは群れて暮らす生き物だから、群れ……つまるところ社会……から認められたいって思いは絶対に消えないし、消せない。ほとんどの場合、その欲求は制御すらできない。でも、それは仕方がないとも思う。
 そりゃ、理屈の上では生き物としてのニンゲンから逃れ、文字通りの超人を目指すのも不可能ではない。でも、それは目指す行為や思想が成立するだけの話で、ニンゲンを超えたチョーニンゲンは実在しない。
 それを十分にわかったうえでなお、群れの中で【ちょっと特別な存在として認められたい】なんて下品極まりない欲求をところかまわずさらけ出し、ソーシャルメディアで目立とうと四苦八苦する。それこそ、ゴールデンアワーやらマジックアワーやら、目を引く言葉をならべたてて、ちいさな液晶画面で目立って指先を止めさせようとない知恵を絞り、閲覧数の多寡で一喜一憂する。挙げ句、その閲覧数とやらでわずかばかりの金銭を得ようなんて連中がのさばり、最近では【閲覧数が多い投稿を盗用して利益を得ようとする文字通りのクズ】まで野放しのソーシャルメディアとは、これ以上かかわってはならないような、そんな気がしていたのだ。

 部屋に帰りついてもなお、俺はまだそんなやさぐれたいらだちを持て余したままだったが、夕食をこしらえてもそもそと食べ、風呂に入ってさっぱりしたら、ようやく気持ちもおさまってきた。そうなると、よせばいいのにネットを流す習い性がおさえられなくなってくる。
 いちおう、目にした瞬間イラッとくる見出しが表示されないよう、ブラウザのホームはちょっとマイナーな検索サイトで、そこからいちいちリンクをたどるか、検索して目的のサイトを閲覧している。
 ゴシップ誌かと疑いたくなるような、神経を逆なでしてクリックを誘うキャッチやリードが敷き詰められたポータルサイトは論外だし、同じようにメジャーな検索サイトも正気度を削りにかかるトレンドだのなんだのを表示するから、いちいち覚悟を決めなければ使えない。そんなんだったら、ネットなんかみなければいいのにと、自分でも思う。ただ、もはやネット無しの生活は考えらないほど、俺の生活は電脳の網に絡め取られていた。

 それでも、ソーシャルメディアは別だ。
 まだ、引き返せる。
 帰ろう。
 急ごう。

 自分にそう言い聞かせつつ、うなずいて俺はソーシャルメディアのコンパネを開いた。今度こそ、アカウントを削除しよう。

 おや、きょうは通知が多いな。
 普段はろくな反応もない過疎アカウントだが、最近の画像にはいくつも【いいね】がつき、そしてメッセージも受信していた。
 あぁ、そういうことか……。
 どうせロマンス詐欺かクリエイター登録サイトの営業か、いや営業なんて合法的なものではない、詐欺なのはどちらも同じ。なんだかんだと屁理屈ならべちゃ、こういう連中を野放しにしている運営に愛想が尽きたのも、ソーシャルメディアを辞めたい動機のひとつだ。ともあれ、通報するにはメールボックスを開かないと……。

 ふてくされながら確認したら、送信者は以前に撮影した地下アイドルさんだった。

 バツの悪さをごまかすようにせわしなくメッセージを読むと、いちおう撮影依頼の体だが、ライブのリハと本番の間に撮影すれば報酬は半額ですけどいかがでしょう? って、事実上の営業だ。そういや、前回もこんな営業メッセだったっけ。流石に今回は断ろうかと思ったけど、末尾に『ライブ撮影をしてくださるなら、報酬はいただきませんが、いかがでしょう』なんて書かれていた。
 ん?
 もしかして、ライブ撮影のサクラかいな?
 意図がわからない。
 問い合わせるのが筋だけど、返信したら断りづらくなるうえ、まともな答えが、いや必要な情報がきちんと提供されるかわからない。でも、まぁ、いいか。
 結局、俺はバカ正直に問い合わせの文案をひねり、メッセージに返事してしまう。

 夜遅く通知が表示されたと思ったら、早くも地下ドルさんから返事が来ていた。どうにも要領を得ない文章だったけど、とりあえずサクラとかそういう仕込みではなく、ポートレートもライブも撮影してほしい、ただ他のカメコとの関係もあるから相互無償はできない。ライブについては地下ドルさんがお願いするので、本来は報酬を支払いたいけど、事情があってできないなどなど、まぁちゃっかりしてると言うか図々しいというか、正直なところなんだか手前勝手な話だと思ったのは間違いない。ただ、断るのもなんだか大人気ないような気もしたし、地下アイドルのライブ撮影に興味をそそられたのもあるしとあれこれ考えた末、結局は引き受けた。

 翌日、地下ドルさんの返事からリンクをたどり、ライブハウスの場所やライブのタイムテーブルなどを確認する。いちおう、地下ドルさんのソーシャルアカウントもチェックするけど、クリエイター支援サービスの告知が目立つくらいで、ほかは特にどうという投稿もない。そもそもさほど更新していないから、まぁ地下ドルとしてはソーシャルメディアに不熱心な方だろうな。ただ、ちょっと気になったのはブログの更新と連動した投稿で、このご時世でブログかとほほえみながらクリックする。
 最新の投稿が表示された瞬間、口元はいびつに凍りつき、俺の眼は文字列の読解どころか、認識すら拒否した。
【素敵な言葉を教えていただきました】
 そんなタイトルで紹介されていた言葉は、よりによって【写心】だった。
 やがて、俺は「うへぇ」と声に出して、内容も読まずブラウザを閉じる。

 写心……。

 俺が最も嫌う言葉のひとつだ。その言葉を目や耳にするたび、ニンゲンのさもしさやあさましさ、頭の悪さを煮詰めたような響きが、色彩をともなって俺の精神をいらだたせ、脳をヒリヒリと炙り焼く。始末に終えないのは、いまの日本で写真を撮っている限り、こんな胸糞悪い言葉が目や耳にズケズケと押し入るのは避けがたく、その度に『単なる流行り言葉なのに、毛嫌いするにもほどがある。過剰反応もいい加減にしろ』とささやきかけるもうひとりの自分まで相手にしなければならなくなって、あっという間に正気度を削られ、たんなる独り相撲で精神どころか体力まで消耗してしまうところだ。

 とりあえず、大きなため息をひとつ。そしてゆっくりを呼吸を整え、気持ちを切り替える。

 だいたい、俺は言葉の言い換えに神経質すぎるんだ。
 ただ、語呂がよかったり字面が目を引くというだけで、古くから伝わる【写意】が【写心】に取って代わられてしまう世の中に、やるせなく苦い思いがこみ上げてしまうのは、俺の偏屈さばかりでもあるまい。いや、写真を写心なんていいかえて悦に入ってる写真界隈の連中は、そもそも写意の存在すら知らず、もちろん使ってもいなかったろう。それどころか、自分たちが新しい言葉、概念を発見したかのごとく悦に入ったろうとさえ思う。俺は絵師だの歌姫だのも嫌いな言葉だが、すくなくとも言い換えの自覚はある。だが、写心にはそれもない。むしろ、車輪の再発明でドヤるみっともなさが、クソのようにベッタリとこびりついている。

 やめちまおうかな?
 いっそ、バックレようか?

 正直、あの地下ドルさんならキャンセルしても俺にダメージはないし、向こうも特に残念がったりしないだろう。そう、月と6ペンスのストリックランドが最初にストルーヴェの妻と接したような無礼を働いたとしても、単に関係が切れてそれっきり、のはずだ。
 大人げないかもしれないが……。
 大人げない、か。
 それは誰に対する大人気のなさだ?
 どこの誰から【大人げないと思われたくない】んだ?
 お前は誰の眼を気にしてるんだ?
 ちぇ、それは誰とも知らぬ他人の眼、つまり世間の眼じゃないか?
 しかし、菊と刀の日本人そのまんまとしてもだ。
 そもそも他人の目を気にする自分を恥じるほどの人物なのか?
 俺は?
 自問自答せずともわかっていたが、それでも自分自身の小ささ、浅ましさを真正面から受け止めるのは、いささか以上に耐え難かった。とはいえ、いったんそれを受け止め、抱きしめてしまえば後は楽だ。どんなに強烈なシュートでも、ゴールキーパーがつかんでしまえばそれまで。
 文字通り【ボールはこちらの手中にある】のだ。

 やっぱり、断ろう。

 決心したものの、いったん引き受けてしまった以上、流石に『気が変わった』とか『都合が悪くなった』はないだろうとも思う。ただ、もしかしたら、やり取りの中からなにか断る口実が見つかるかもしれない。なにせ、ずいぶん虫のいい話だったから。
 つまり、ささいな瑕疵をことさらにいいたて、相手に自分の要求を飲ませるのだ。
 それは単なる言いがかりにすぎないが、それは百も承知だ。
 もともと要領を得ない依頼だったし、図々しさを感じたのも確かだ。だから、やり取りを読み返す必要すらないのかもしれない。だが、それでも俺はソーシャルにアクセスし、メッセージを読み返し始めた。

 読み返しても、なかなかつかみきれない。アティチュードやらアピアランスやら、ちゃんと意味を理解しているのかどうか怪しいカタカナ言葉を使いたがるのもよくないのだろうが、なにかがおかしいレベルで文意がねじれている。
 とりあえずメッセージを全文コピーして、テキストエディタに貼り付けると、だいぶ読みやすくなった。すると、ライブの場所やら日付やらのすぐ後に『ブログには書かなかったんですけど』なんて文章をみつけた。
 だいじょうぶか?
 いや、どう考えても大事な言葉だよ、これ。
 それだけじゃない。他にもあちこち読み飛ばしてる。
 しょうがない、ブログを読むか?
 いや、まずはこのメッセージをちゃんと読もう。
 ブログには書かなかったんですけど……の続きによると、地下ドルさんに【写心】なんて言葉を教えたヲタは、説明の中で『地下ドルさんの心まで写せたような気がする。たとえ報われなくても、報われないとわかっていても地下アイドルを続ける。そんなあなたの心意気まで撮れたと思ってる』なんて自画自賛していたらしいのだが、言われた当のご本人は本気で、心の底から怒っていた。
 まず、地下ドルさんにしてみれば、オタさんが期待するアイドルを演じ、応えるのが役割だから、自己の姿は邪魔になったりする。しかし、アイドルとしてのアピアランスだけ整えても、そこにアティチュードがなかったら意味がない。反対にアティチュードを表現しても、そこにアイドルのアピアランスがなければ、それは単なる生意気なイキリになっちゃう。だから、外見や態度にアイドルの心構えが現れているのは当然というか、外見も含めてのアイドルであり、アティチュード……つまり外見であり態度なんだと。

 こうして言葉を繰り返すあたりにも、地下ドルさんの怒りが現れているように思うが、やはり読みにくい。また、写心話のヲタは撮影の常連で、本当は言い返したかったけど、その場では我慢したらしい。だからブログには書かなかったんですけど……なんだな。こりゃ、読まなくても内容は想像がつく。

 ともあれ、その写心がどうこう言っていたヲタは、まるで【地下ドルさんがアピアランスだけでアティチュードを表現しきれていない】とディスったも同然なのだ。それに加えて【報われない】はナニゴトだと、さらに怒っていた。地下ドルさんはファンのヲタさんから精神的にすごく報われていて、またライブにも呼ばれているし、物販もそれなりに売れているらしいから、なおさらだろう。
 地下ドルさんは最後の方で『内面が写真にも表現されているかどうかってのは【被写体の側】が考えるものだと思ってました』とも書いていたけど、まったくその通り過ぎて、つい笑ってしまった。
 でまぁおじさん、つまり俺の写真はアイドルに興味ないってのが現れているけど、求めるものもないからアティチュードをフラットに写してくれるとかなんとか……。
 いささか耳が痛いけど、アイドルに興味がないのは確かだ。それに、なんで俺に声をかけたのかも腑に落ちた。ただ、あまり嬉しい言われようではない。なにより、俺の写真を【写心】なんて表記しやがって、カタカナ言葉もふくめ、文章が上滑りしまくっているのには、つくづくうんざりさせられる。
 とはいえ、だ。
 このメッセージに断りの言葉を返すの、いくらなんでもちょっとひどいよなぁ。
 結局、俺は断るのをやめた。そして、淡々と撮影のプランを練り始める。

 当日は薄っすらと雲がかかって、時折り陽がさすような、ストリートポートレートにはおあつらえ向きの空模様だった。
 地下ドルさんが出演するライブハウスの近くで待っていると、ペパーミントグリーンのゆったりしたスウェットパンツにトレーニングウェアっぽいざっくりした生地のシャツ姿で彼女がやってくる。
「なんか、めっちゃ稽古着って感じ」
「でしょ? リハの合間にオフショットってイメージでコーデしました」
「イメージづくりの一環なんや。なんか、すごいな」
「アイドルの楽しみですよ。イメージづくりも」
 そういって、地下ドルさんは得意げにほほえんだ。
 撮ってくださいと言わんばかりのキメ顔だったけど、なんかちょっと違うなって思う。気持ちが入らずまごまごしてたら、地下ドルさんは「じゃ、いきましょう」と、近くの公園へ歩き始めた。
 午後の公園は人気がなく、落ち着いて撮影できそうだった。地下ドルさんも慣れた感じだったので、これは流れのまま手癖で撮りつつ、方向性を探っても大丈夫そう。薄曇りで顔に影が落ちないのも都合が良かった。
 事前にちょっと引いた全身像をメインに撮ろうと、それも横位置で背景を取り入れようと決めていたので、地下ドルさんには公園の中央付近に立っていただき、指示を出しながらポチポチとシャッタを切る。ライブの振り付けをひと通り流していただくと、なんだか本当に稽古風景を撮ってるような雰囲気になり、地下ドルさんの顔つきもだんだんそれっぽくなってくる。俺も面白くなって、撮影のテンポも上がってきた。
 ただ、別にドキュメンタリーを撮ってるわけでもないので、あまり稽古風景に引っ張られるのも考えものだった。それに狭い公園だから、トイレやらボール遊び禁止だのハトの餌やり禁止だのの注書き看板を画面から外したら、撮影できる方向はほとんど決まっている。しばらく撮影し、おおむね必要なカットはおさえたところで、お互いに集中力が切れてきた。
 潮どきだなと、休憩がてら移動する。
 途中、飲み物でもどうかと地下ドルさんへ声をかけたら、水筒にまだ残っているから大丈夫と笑顔で応えつつ、水分接種は常温に限っていて、もちろんノンアルコールのノンカフェインにしているとか、いかにもアイドルやってますって話を聞かせてくれた。
 とりあえずライブハウスの近所まで戻ると、そばにいい感じの路地がみえたので、押し込むようにして、やや俯瞰気味にフラッシュ直射で撮る。立ち姿を数カット撮って、しゃがんだところを覆いかぶさるように撮ったり、あるいは俺がしゃがんで目線をカメラへあわせるように撮ったりした。
 だいたい満足できたので、とりあえず中締め。よければお茶でもいかがと声をかける。しかし、地下ドルさんは入りが近いからカフェとかは遠慮しますと、いちおう残念そうな顔をつくりながら断った。ただ、ちょっとお話もしたいので、よければ付き合ってくださいと、ライブハウスの近くでコンビニを探す。
 冷蔵ケースのドリンクをながめながら、なんだかほとんど学生時代みたいだなと、年寄り臭い思いがよぎる。ぎょうぎょうしいポップが目についたら、大好きなサイダーが値引きされていたのでちょっと嬉しくなった。
 会計を済ませて店を出て、かつては公衆電話や灰皿が設置されていたであろう、ちょっとしたすきまにしゃがみ込む。俺はさっき買ったばかりのサイダーをプシュッと開け、地下ドルさんは水筒の黒豆生姜麦茶をひとくちずつ、ふくむように飲む。
 当たり前のように俺はカメラを出し、撮影画像を表示して地下ドルさんへ渡す。地下ドルさんはおぼつかない手つきで十字パッドを操作し、画像を次々と確認していった。
「あ、これ! すごくハードな感じ。いいですね! ちょっと韓流アイドルっぽい」
 喜ぶ地下ドルさんを見ながら、俺も少し嬉しくなる。
「そうなんだ」
 俺はサイダーを飲みながら、雑な相づちを打つ。
 だが、続く地下ドルさんの話に、もう少しでサイダーを吹いてしまいそうになった。
「おじさんって、本当にアイドル興味ないんですね。写真ではっきりわかります」
「そ、そうなんや……」
 こういう局面は言葉をひかえる。だからといって、無言ではいけない。
 それは、俺がなんども繰り返し痛い目にあって学んだ教訓だった。実際、すぐに地下ドルさんは言葉を続けたから、俺はうなずくだけで問題なかった。
「公園で振りを練習したときも、おじさんは決めをほとんど無視しちゃってて、反応したのは手でハートを作ったときだけだし、路地でちょっとハードに撮ったのも韓流アイドルを狙ったんじゃなさそうだし、あぁ興味ないんだなぁって思ったんですよ。でも、いまお写真をみて思ったんですよ、こういうのもあるんだなぁって、おじさんは心を写しているんだなぁって」
 あぁぁ、言いやがった……。
 ただまぁ、つなげてないだけマシか。
 さて、どう返したものだか。
 とりあえず「せやな」とだけ合いの手を入れ、ちょっと考えてから俺は言葉を口にし始める。
「写すっていうかね、心ってのは勝手に写り込んでしまうんだよ。特に、アティチュードだっけ? 自分自身をはっきりと態度に出す人は、ほっといても写る。だから、俺はそのバイブスを感じながらシャッターを切るだけなんよ」
 我ながらええカッコしいにもほどがあると思ったが、このぐらい言わないと心がなんとか、写真がなんとかなんて、耳に虫がを飛び込んできたような不快感はおさまりそうになかった。まぁ、それにしても【バイブス】なんて、よくもつまらずに自分の口から出せたもんだと、そんな呆れたような思いは、まだ舌に絡みついている。
 こんな陳腐そのものの言葉を差し出されて、地下ドルさんはどう感じただろう?
 みると、彼女はなにか困ったような顔をしながら、水筒のお茶をすすっていた。
「正直、よくわかんないです。でも、おじさんの写真には変な先入観がないし、撮影する人の気持ちを押し付けないから、安心できる。それは間違いないんです」
「ありがとう」
 俺の気持ちがこもっているとはいい難い、ちょっとぞんざいな『ありがとう』と引き換えに、地下ドルさんはカメラを返す。
「そろそろ入りなんで」
 そう言って、彼女は水筒の蓋をきっちり締め、ライブハウスへと駆け出した。
 地下ドルさんはアイドルを演じている。演じる心が現れている。俺の写真はそれを、その心情をひろえているのか?
 それこそ、俺の写真に心はあるのか?
 そんな、柄にもない思いが頭をよぎる。
 クソ、俺まで毒されたのか?
「顔の前でハートやチョキを作ったときはキメなんで、しっかり撮ってくださいね!」
 声に顔を上げると、両手をメガホンのように顔へ当て、俺に呼びかける地下ドルさんの姿があった。俺は大きくうなずき、サムアップで応える。
「せやな、ライブ写真は頑張るよ」
 俺は、カメラに表示された地下ドルさんへ言葉をかける。

¡Muchas gracias por todo! みんな! ほんとにありがとう!