見出し画像

El expedición de hijo del torturador 辺境の聖女と拷問人の息子 第8章「サバドの夜」

第7章へ

El expedición de hijo del torturador 辺境の聖女と拷問人の息子 第7章「流血の午後」を読む

サバドの場で意識を取り戻すメルガール

 メルガールが意識を取り戻したのは、両手両足を目いっぱい広げてくくりつけられた車輪の上だった。あたりはすっかり暗くなっているようだが、足の先であかあかと燃える焚き火がまぶしく、夜のような感じがしない。また、足裏からすね、太ももの内側などに感じるピリピリした熱気から、ほぼ間違いなく一糸まとわぬ裸にされているだろうと思ったが、あごを引いても薄べったい胸から腹までしか見えない。もちろん、見える範囲はなにひとつ身にまとっていなかった。
「そういやぁ、エル・イーホの館で写真を撮ったときも、こんな感じだったっけ……」
 そんな呑気な思い出に浸りながらも、あまりに絶望的な状況ゆえの逃避的な回想ではないかと、現実から目をそらすなと、自分で自分を叱咤する。まずは冷静に、落ち着いて周囲の状況を把握しようと頭や目を動かしては見たが、あお向けのままでは果てのしれない虚空の暗闇しか見えず、足元へ目をやっても先ほどと同じ、あらわになった自分の貧相な裸体しか見えはしなかった。
 ただ、パチパチとはぜる焚き火の向こうからは人々のざわめきやうめき、あるいはあえぎのような声が聞こえ、そして頭の上からはケモノめいたオスの臭いが漂ってくる。
「オスの? 臭い?」
 鼻腔を駆け抜けた初めての刺激を、オスの臭いと瞬時に判断した自分自身へ問いかけながら、メルガールは決して認めたくないもうひとつの自己、もうひとつの意思を感じていた。

 素体が……覚醒する……。

 素体が覚醒してしまったら自分がどうなってしまうのか?
 実のところ、メルガールにもよくわかっていない。ただ、エル・ディアブロの拷問で非神子たちがもだえ苦しむさまをつぶさに見ていたメルガールにとって、いったん素体が覚醒してしまえば最後、宿主に過ぎない転生者の精神や知性は完全に破壊されてしまうばかりか、その過程で想像を絶する苦痛に苛まれるであろうことまでは理解していた。
 しかし、エル・ディアブロは拷問によって素体を覚醒させ、非神子と素体との精神的な統合を喪失させたが、確か同時に素体を休眠させることも可能なはずだ。もし、精神の統合を回復させられなかったら、激しい苦痛をともなう狂気に陥った非神子からは、情報を得ることも服従させることもできなくなってしまう。また、だからこそ苦しみもがき、妄想にさいなまれた挙げ句、正気を失って命を絶つことを望む非神子たちは、素体を休眠させるエル・ディアブロに膝を屈し、秘密のすべてをべらべらとしゃべり、さらには涙ながらに服従を誓うのである。
 その様子を目の当たりにしていたメルガールは、なんとかエル・ディアブロの秘術を思い出そうと、けんめいに記憶をたどりはじめた。

 しかし、思い出せない……。

 それもそのはずだ。エル・ディアブロは非神子たちの素体を休眠させるときはもちろん、覚醒させるときも自分と妻のふたりだけで施術し、メルガールにもその仕組は教えなかったのだ。つまり、メルガールは秘術を知らないのだ。
 素体が覚醒しつつあることをはっきりと自覚しながら、メルガールが思い出せたのはそれだけだった。
 しかし、エル・ディアブロの秘術を受け継いだ人間もいる。それは他ならぬエル・イーホだ。
 素体が完全に覚醒する前に、メルガールが完全に正気を失ってしまう前に、エル・イーホが来てくれれば、もしかしたらメルガールは助かるかもしれない。だが、裸で車輪に縛り付けられ、腕一本もまともに動かせないメルガールにとって、それはあまりにもかすかで、はかない希望でしかなかった。
 とはいえ、ここで諦めたらなにもかも終わりだ。
 それに、エル・イーホひとりならともかく、優秀なソルダデラ(女兵士)でもあるメルセデスとヘルトルーデスがいるのだ。彼女たちに望みを託すのは、さほどばかげたことでもないように思えた。
 いずれにせよ大きく広げた両手両足を車輪にくくりつけられ、秘部を隠すこともできないまま、あお向けに寝かされているメルガールにできることと言えば、素体が完全に覚醒してしまう前に助けが来ることを望み、願うことしかなかった。
 覚醒しつつある素体の恐怖に神経をすり減らし、いつしかうわ言をつぶやき始めたメルガールに、聖女が葉巻の煙を吹き付ける。不意に顔を包み込む大山猫の小便と塩漬け川魚のたまり汁を混ぜたような臭いに、メルガールは涙を流しながらむせ、そして再び意識を失っていた。

 どのくらいの時が流れたのか?

ここから先は

9,865字

¥ 100

¡Muchas gracias por todo! みんな! ほんとにありがとう!