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レイズが実践する新時代のマネーボールについて考察-アプローチが最悪レベルの野手をレイズが集める理由-


はじめに


先日のジャイアンツ戦でレイズは新たな記録を作りました。15HR以上の選手が8人並ぶチームとなったのです。彼らの活躍によりレイズはチーム合計で177本のHRを記録し、これはエンゼルスに次いでAL2位の記録となっています。

ところで読者の皆さんは現在のレイズのチーム内HR王が誰かご存じでしょうか。今季絶好調のヤンディ・ディアス?それともWBCでも知名度を上げたランディ・アロザレナ?現在は制限リストに入っているワンダー・フランコ?

残念ながら答えは彼らのいずれでもありません。正解は23本を放ったアイザック・パレデスと今回の主人公であるホゼ・シリの2人です。昨年も20HRをマークしたパレデスはともかくシリがチーム内HR王というのは多くの方にとって意外な事実だと思います(少なくとも私はこの事実を知った時とても驚きました)。シリについては彼がどんな選手であるかを知らない方もいると思いますので、簡単に経歴と選手としての特徴を紹介します。

ホゼ・シリの経歴と選手としての特徴

シリはドミニカ共和国出身の28歳。プロ入り時はレッズと契約しましたが、MLB昇格は叶わず2021年にアストロズと契約。同年にMLBデビューを果たし、翌22年のTDLでトレイ・マンシーニが動いた三角トレードでレイズに移籍しました。

身体能力が高く2017年にはA級で46盗塁を記録。スピードに加えて同じく2017年に24HRを記録するなどパワーを発揮する事もありました。しかしアプローチの悪さが尾を引きレッズではMLBまで昇格しませんでした。その後移籍したアストロズではMLBデビューを果たしましたが、チャズ・マコーミックの台頭もありセンターのレギュラーを獲得できず放出されました。

MLB昇格後も上述のようにスピードとそれを生かした守備は高く評価されていましたが、三振率が30%を超える一方で四死球率は6.5%を上回ることがないなど極端に低く打撃面ではほぼ期待できない選手でした。以上が簡単ではありますがホゼ・シリの経歴と選手としての特徴です。

ホゼ・シリの覚醒とレイズが実践する新時代のマネーボール


打撃面でほぼ期待されていなかったシリがチームのHR王になるまでの急成長を遂げたのは何故か。それが今回の記事の肝である新時代のマネーボールの話になります。元祖マネーボールは2000年代前半のアスレティックスが従来注目度がそれほど高くなかった出塁率に目を付け、過小評価されている選手を格安で集めて結果を出した話です。

そこから20年。MLBの選手評価は進歩を遂げており、埋もれている選手を発掘する事は実質的に不可能であると思われています。しかしレイズはシリと同様の特徴を持つルーク・レイリークリスチャン・ベタンコートの3人で現在進行形でマネーボールを実践しているように見えます。

レイズの新時代のマネーボールはズバリ以下のようなものです。
・守備走塁がMLB上位の選手を集める
・打撃ではHR狙いに徹する
・打席でのアプローチ(選球眼)は期待しない

この取り組みの最大の肝は元祖マネーボールで焦点が当たった打席でのアプローチ(K%やBB%,空振り率)を期待しない事です。元祖マネーボール以降打席でのアプローチはとても重要視されています。三振や四球はインプレーと異なり守備の影響を受けないので、打者本来の実力が反映されると考えられているからです。

そのため現在の結果が良くても極端にK%やWhiff%が高い選手はアプローチ面に難ありとされて市場での評価が落ちます。ツインズのジョーイ・ギャロのようにK%が高いが評価されている選手もいますが、それはBB%も高いからです。K%やWhiff%が高くBB%が低い選手に対しては懐疑的な目線が多く向けられてきました。

また仮にマイナーでHRを打てている選手でもK%やWhiff%が高ければ、MLBでは同じようにHRを打てないと思われています。そこにはHRを打つためにはまずバットに当てる事が大事という意識があるように思います。

これを逆手に取ったのがレイズの新時代のマネーボールです。つまり打席でのアプローチが最悪レベルの選手をレイズは意図的に獲得しているのではないかと思います。ただしただアプローチが最悪レベルの選手を獲得する訳ではありません。アプローチ以外で貢献してくれて最悪レベルのアプローチを補って余りある選手を獲得しているのです。具体的には守備走塁が上位である事とHRを打てるパワーがある事です。

彼らは守備や走塁での貢献は高いですが、打撃でチームから期待されていないので守備固め要員やデプス要員としてカウントされることが多く僅かなコストで獲得が出来ます。これが新時代のマネーボールです。そして獲得した選手たちに打撃ではこうアドバイスしているのではないかと思います。「アプローチは気にしなくてよい。HRを狙っていこう」

上のアドバイスは私の想像に過ぎませんが、Tampa Bay Timesの記事によるとシリは昨年のオフにキャッシュ監督からケビン・キアマイアーが抜けた後任のセンターを任せると告げられています。この言葉によりミスや試合で3回三振をしても落ち着いていられるようになった(ミスで降格する不安がなくなった)とコメントしています。三振を恐れるのではなく、弱点はそのままにパワーという長所を生かせるようになった事が覚醒に繋がったのだと思います。

レイズが狙う選手の具体的な特徴

前章でレイズが守備走塁が上位であり、HRを打てるパワーがあり、アプローチが最悪レベルの選手を獲得して成果を上げている事を説明しました。この章では実際に活躍している3人を通してレイズが狙う選手の具体的な特徴を紹介します。

私が挙げた特徴は以下の3点ですので、順番に当てはめていきます。
・守備走塁がMLB上位の選手
・打撃ではHRを狙えるパワーがある選手
・打席でのアプローチには期待できない選手

①守備走塁がMLB上位の選手
この項目では2023年の守備指標とSprint Speedをベースに3選手の能力を見ていきます。各選手の名前に付けたリンクはBaseball Savantのものになります。
ホゼ・シリ

Sprint Speedは上位2%でOAA(Outs Above Avg)はMLB上位10%以内という高水準な成績です。
ルーク・レイリー

レイリーもシリほどではありませんが、Sprint SpeedでMLB上位15%かつOuts Above Avgも上位36%と平均を優に上回る成績です。

クリスチャン・ベタンコート

ベタンコートも捕手ながらSprint SpeedはMLB平均以上で、捕手としての守備能力を示すPop Timeは上位5%、フレーミングも上位40%に入っている守備面で優秀な捕手だと分かります。

②打撃ではHRを狙えるパワーがある選手
この項目ではサンプル数の関係から主にマイナーリーグ時代の成績を紹介します。各選手の名前に付けたリンクはBaseball Referenceのものになります。

ホゼ・シリ
黄色でハイライトした2021年にAAAで長打率.552とパワーを発揮しています。

ルーク・レイリー
レイリーもハイライトした2022年に長打率.529とパワーを発揮しています。さらにそれ以前のシーズンもマイナーでは高い長打率を記録していました。

クリスチャン・ベタンコート
ベタンコートは2018年以降MLBから離れていましたが、2021年にパイレーツ傘下でプレーした際は長打率.468と捕手としてはとても優秀な成績を残していました。

③打席でのアプローチには期待できない選手

この項目はBaseball SavantのPercentile Rankings Leaderboardを見れば一目瞭然です。Whiff%(空振り率)について対象となる268選手を下から並べた下位8人に3選手が入っているのです。これだけ低い順位に3選手が集合しているのはもちろんレイズだけです。

Whiff%以外のK%やBB%(黄色ハイライト箇所)についても同様に平均を下回っていてアプローチの悪さが分かります。

ホゼ・シリ→ K% MLB下位1%、BB% MLB下位11%、Whiff% MLB下位1%
ルーク・レイリー→K% MLB下位10%、BB% MLB下位32%、Whiff% MLB下位1%
クリスチャン・ベタンコート→K% MLB下位27%、BB% MLB下位7%、Whiff% MLB下位3%

ここまででレイズが狙う選手の具体的な特徴である
・守備走塁がMLB上位の選手
・打撃ではHRを狙えるパワーがある選手
・打席でのアプローチには期待できない選手
を説明しました。

3選手の移籍後の変化

この章では3選手が移籍後により積極的にHRを狙うようになった事をP/PA(1打席あたりの投球数)とHard Hit%をベースに説明します。

彼らに対してレイズが打撃で期待している事はHRであり、アプローチの改善は期待していないように思います。HRを打つためには甘い球を逃さない事とボールを強く打つことが大事です。

甘い球を逃さないためには良いボールが来れば初球から振っていくことがとても大事です。さらに四球を得て出塁率を高める事は期待されていませんから、1打席あたりの投球数は減少するはずです。

シリとレイリーは下記のグラフのようにレイズ移籍前の2021年と比較して、2022年以降は大幅にP/PAが低くなっています。特に今季は2人とも1打席あたり0.2球も少なくなっています。移籍前はMLB平均よりもボールを見るタイプだった2人が移籍後はタイプが変化した事が分かります。

ベタンコートは2022年が3.32で2023年が3.52とP/PA自体は増加しています。ただしシリやレイリーと比較しても絶対的な数値は低く、好球必打の姿勢を感じます。

ボールを強く打つ事に関してはHard Hit%の変化に表れています。特に昨年数値を落としていたシリの回復とレイリーの急上昇が印象的です。こちらも3選手共にMLB平均(36.2)を上回る数字を残しています。

このように3選手は甘い球を逃さない事とボールを強く打つ事を徹底出来ており、これがHR増加に繋がっています(レイリーは17HR、ベタンコートは8HRをマーク)。

新時代のマネーボールの年俸面での驚くべき効果

元祖マネーボールは貧乏球団アスレティックスの健闘を称えるストーリーになっていますが、貧乏ながら成功しているという点で近年のレイズは間違いなくアスレティックスを上回っています。

2019年から昨年まで4年連続でプレーオフ出場中で今季もほぼ確定的な状況です。さらにこれだけの好成績を残しながらもCot's Baseballによると一度も選手の合計年俸が1億ドルを超えた事がありません。

選手の年俸は年数と共に上がっていくのが一般的ですから年俸の上昇を抑制するためには、選手の入れ替えが不可欠です。特にレイズは106勝を挙げた2021年以降にドリュー・ラスムッセンやジェフリー・スプリングスが台頭しており、投手育成に注目が集まることが多いチームです。

確かに2021年と比べると半分の投手が入れ替わっていますが、実はそれは野手も同じなのです。2年前に出場機会の多かった10選手に目を向けると、現在チームに残っている選手は5人だけ(ディアス、アロザレナ、フランコ、ブランドン・ロウ、マニュエル・マーゴ)なのです。このようにレイズは野手の新陳代謝も進めているのです。

その新陳代謝の中で重要な役割を果たしているのがシリ、レイリー、ベタンコートです。こちらは2021年から2023年のレイズの開幕時のポジション別の年俸総額です(Cot's Baseballより)。

レイズの総年俸は2021年と比較して8M(65M→73M)増えています。この増加の最大の要因は投手陣の年俸総額が10M(29M→39M)増加していることの影響ですが、それは今季の年俸が11Mのザック・エフリンの獲得が実質的な理由です。

投手陣の年俸総額の増加幅よりも全体の増加幅の方が小さいということは、野手の年俸総額は減少しているということになります。ポジション別に見ると野手の年俸が下がった要因は外野なのですが、これは昨年まで在籍したキアマイアー(12.2M)が抜けたのが最大の要因です。

同様に昨年は7Mとレイズとしては高額年俸だったマイク・ズニーノが務めていた捕手もベタンコート(1.4M)になり年俸が減少しています。つまりレイズはキアマイアーらの年俸が高額で経験豊富なベテランを格安の選手で埋めたという事になります。彼らの年俸とWARを比較したのが次の表です。

センター
捕手

センターに関してはキアマイアーから年俸が11.5Mも低いシリが2021年のキアマイアーに近い成績を残しており、捕手に関しても2021年のズニーノには及びませんがベタンコートが格安の年俸でソリッドな成績を残しています。

複数ポジションを守るレイリーは他の選手と比較が難しいですが、彼も今季の年俸はシリと同じくMLB最低年俸クラスで0.7Mほどです。つまりこの3人で合計3Mもいかない事になります。にもかかわらず合計でfWAR5.0でbWAR4.2の好成績を収めています。Sportracによると今季3人の合計より高い年俸の捕手は23人もいます。その23人の中に彼ら以上のWARを出している選手は1人もいません。いかにレイズが格安で戦力を整えたがよく分かると思います。

他球団のアプローチから見えてくるレイズ打線の限界

ここまで述べてきたように、レイズはシリやレイリー、ベタンコートといったアプローチが最悪レベルの野手を起用し打席ではHR狙いを徹底させているように思います。この一見極端に見える取り組みによって15HR超えの選手を8人も輩出するリーグ屈指の強力打線が構築されたのです。

一方で以前私が投稿した「ドジャース打線の洗練されたアプローチがチームをワールドチャンピオンに導く」という記事でドジャースがランナーが得点圏にいるかそうでないかでアプローチを変えているという仮説を紹介しました。この仮説についてはその後MLB公式サイトのMIke Petrielloが2022年にThe two different Freddie Freemansという記事で同年から移籍したフリーマンについて似た内容を投稿していました。

また元Drivelineで現在はMarquee Sports NetworkのアナリストをしているLance Brozdowskiも先日状況に応じたバッティングを採用しているチームがあることを認める投稿をしていました。

このように一部のチーム(特にドジャース等の強豪チーム)は状況に合わせた打線のアプローチをチーム全体として目指している傾向があります。実際にプレーオフのようなレベルが高い試合ではHR狙い一辺倒ではない状況に合わせたアプローチが必要なように見えます(昨年のアストロズ等)。

そう考えるとレイズのシリやレイリーに対する割り切ったような起用法はかつてシーズンでは低予算チームでありながら好成績を残すもプレーオフでは望む結果を得られなかった元祖マネーボールのアスレティックスと重なるようにも見えます(もちろんこれは私の個人的な見解であり、レイズ打線が私の想像を優に超える可能性も大いにあります)。

余談

文字数の関係もあり詳細には書けませんでしたが、エンゼルスのミッキー・モニアックも今回紹介した3選手と同じ特徴を有しています。モニアックもアプローチは最悪レベルですが、今季MLBレベルで活躍を続けています。


ただしモニアックはBABIPが高いので今後もう少しOPSが下がると思います。現状彼はエンゼルス打線のキーマンの1人ですが、本来はレイズと同様に打順を下げてHRを打つ事に専念させるくらいの余裕があればいいのではないかと思います(それが難しい事は百も承知なのですが)。

最後に

今回はレイズの3選手を元に新時代のマネーボールとして紹介してきました。打者のアプローチにあえて期待しないというのはセイバーメトリクス以降の世界とは真逆の発想に見えます。しかしなぜアプローチに期待しないという割り切りが出来るかというと、選手の守備能力やパワー面を適切に評価するだけのデータが揃っているからだと思います。その意味ではこの取り組みもセイバーメトリクスに起因する野球界の変化に沿ったものであると言えるでしょう。

今回紹介したレイズのように割り切って主力に対してアプローチを期待しないという事は簡単ではありません。そのためにはその他の選手のカバーが必要であり、選手層が求められるからです。したがって弱者が強者を倒すという元祖マネーボールというよりは、強者がより強者になっていくという感じになるかと思います。また今回指摘したレイズ打線の限界を超えれば、この取り組みはさらに普及するのではないかと思います。(いつも以上の長文となりましたが)最後までお読みいただきありがとうございました。

Photo BY Todd Carr


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