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MLBの夏のレンタルトレードのその後を追うと買手が高確率で得をしていた事が判明しました

はじめに


毎年MLBではシーズン中に多くのトレードが成立しますが、今回はそのシーズン中のトレードに関する記事です。

毎年トレードが成立すると有利不利が騒がれますが、数年経って検証される事はあまり多くありません。そこで今回は過去に成立したトレードを使って売手と買手は結局どっちが得しているかを考えていきます。

検証の方法

長くなったので、結論を先に知りたい方はこの章を読み飛ばして検証結果の概要の箇所に進んで頂いて大丈夫です。

検証を難しくする4つの論点


検証にはbWARを使い、トレード後の買手と売手のWARを比較するというシンプルな形を採用しました。しかしいざ検証するとなると意外と難しい事が分かりました。それは主に以下の4点によります。

・買手が獲得した選手が長期離脱して機会費用が発生するケース
これは主にFAになるまでの期間が複数年残っている選手を買手が獲得した場合を想定しています。その場合買手は獲得した選手が今後数年活躍する事を見込んでいるはずです。ところが負傷等で離脱する事があります。この場合はその選手の穴を埋める別の選手が必要になり、そのために追加で必要なコスト(別選手の年俸等)が発生します。この費用は数値化する事が容易ではなく、検証に組み込むことが困難です。

なぜ数値化する事が難しいかは具体例を考えて頂ければわかるかと思います。2022年のTDLでヤンキースに移籍したフランキー・モンタスは2023年まで契約が残っていました。しかしモンタスは今季負傷の影響でMLBでの登板は1イニングのみです。彼の穴を埋めるためにヤンキースはジョニー・ブリトーなどの若手を起用しています。

ただし今季のヤンキースはモンタス以外にもカルロス・ロドンネスター・コルテスなど複数の離脱者が出ています。そのため誰がモンタスの代わりなのかあるいはロドンの代わりなのかを特定する事は実質的に不可能です。このように獲得した選手が長期離脱した場合はトレードの勝者を決めることがかなり難しくなります。

・トレードで獲得した若手選手が再移籍するケース
TDLで売りに回るチームは一般的に再建期のチームが多いと考えられます。ただしチーム事情の変化等があり、その年のオフや翌年のTDLでは一転買いに回るチームがいます。その結果獲得したプロスペクトが1年持たずに再び移籍する事があります。

この場合売手のチームが獲得した選手のWARをどのように計算すればいいかが論点となります。こちらも具体例を用いて説明します。2016年の夏に、ヤンキースはアロルディス・チャップマンの対価の1人としてカブスからビリー・マッキニーを獲得しました。

その後2018年にマッキニーはJA・ハップの対価としてブルージェイズに放出されました。ヤンキースでの2年間でマッキニーはMLBでたった2試合しか出場していません。このような場合売手のチャップマンのトレードのWARを計算する際に、マッキニーの成績をどこまで評価するべきかが問題になります。

マッキニーの2試合のみを考慮に入れるという考え方もありますが、マッキニーとの交換で獲得したハップの成績も考慮に入れるという考え方もあるでしょう。さらにこれを突き詰めていけば計算はとてつもなく複雑になりえます。

・買手が獲得した選手が契約延長するケース
買手がTDLで選手を獲得した場合、多くの選手はそのTDL時点で残っている契約が切れた段階でFAになります。しかし少ないケースではありますが、契約延長をする選手がいます。

この場合買手にとってのその選手のWARはどこまでを基準にするべきかは悩ましくなります。こちらも具体例に当てはめてみます。2015年の夏にタイガースからメッツに移籍したヨエニス・セスペデスは移籍後に大活躍を見せて、FAになった後契約を延長しました。

この場合買手にとってのWARは2015年シーズンに限定するかあるいはそれ以降の年も含めるかという論点が発生します。

・将来WARの扱い方
お金を銀行から借りた場合支払時には借りたお金だけでなく利子の支払いも求められます。これは同じお金でも現在の方が将来のお金より価値があるからです。

これをWARに応用すると買手が獲得するWARは売手が将来獲得するWARよりも価値が高いとも考えられます。そう考えるとこの利子はどのような水準に決定するべきかも検討する必要が出てきます。ちなみにFangraphsの記事でCraig Edwardsは8%を使って計算していました。

今回の検証の範囲

前章の4つの論点について検討した結果導きだした検証方法がTDLのレンタルトレードに対象を絞るという方法でした。なぜこの方法を選択したかをそれぞれの論点別に整理します。また今から説明するように今回の検証は多くの仮定や割り切りをしている点はご承知おきください。

・買手が獲得した選手が長期離脱して機会費用が発生するケース
一般的には買手が獲得した選手の残り契約期間が長ければ長いほど、その選手が負傷で離脱する可能性は高まります。その点レンタル選手は契約期間が長い選手よりも負傷する確率は低い点を考慮して、今回は検証対象をレンタル選手に絞りました。

・トレードで獲得した若手選手が再移籍するケース
このケースはマッキニーの事例のように確かに存在します。しかし今回検証したレンタルトレードに絞ると、この事例はマッキニーしかいませんでした。そのためこのケースを実質的に考慮しないアプローチを取りました。

・買手が獲得した選手が契約延長するケース
このケースも事例はそれほど多くありません。またこれは私の考えですが、買手のチームも獲得した時点では契約が残っている期間に活躍してくれることを期待して獲得しているのではないかと思います。したがってここは買手にとってのWARはその時点で契約期間が残っている期間で計算する事にします。

・将来WARの扱い方
今回利子(割引率)を置かない形で検証を実施しました。
様々な理由がありますが、最大の理由は検証結果にある通り買手有利のトレードが多かった事です。

そのため仮に割引率を用いた場合、ただでさえ低い(事が多い)売手の獲得WARが下がります。検証結果の大勢に影響を与えない事を考慮して、割引率は置かない事にしました。

検証結果の概要と売手・買手の理想的な戦略

検証結果の概要

検証結果の概要は添付のExcelファイルからも確認頂けます。

今回対象にしたのは2016年から2019年に成立したレンタルトレード49件です。トレードで移籍したプロスペクトがMLBに大体到達したと言えると思い、2019年までで区切りました。49件の概要をザックリまとめるとこんな感じです。

・買手がトレードで勝者(移籍後の選手のbWARで上回ったケース)になった事例は30件
・売手がトレードで勝者(移籍後の選手のbWARで上回ったケース)になった事例は19件
・ただし売手がトレードで勝者になった事例19件のうち10件は売手が獲得した選手の合計WARが0.0以下(勝者になった理由は買手が獲得した選手の合計WARが0.0以下つまりマイナスとなったから)
・売手が獲得した選手は89名で平均bWARは0.4、中央値bWARは0.0、最高bWARは
グレイバー・トーレスの14.4、今季MLBで出場した選手は23名
・買手が獲得した選手は52名で平均bWARは0.33、中央値bWAR0.1、最高bWARは
マニー・マチャドの2.5

売手の理想的な戦略とその参考例

概要の章でも触れましたが、売手はレンタルトレードで損をするケースが多いようです。ただし売手は買手と異なり、売りの立場に回る事自体は決まっています。

レンタルトレードで放出される選手の多くは残念ながらFAになってもチームにドラフト指名権を残してくれません。そのためPOを狙っているわけでもなく、翌年以降の構想にも入っていないベテラン選手を残す事にはほぼ意味がありません(若手の出場機会の観点からも)。

そのため放出する事は大前提とすると売手が取るべき戦略は①投手の獲得を優先する②野手を獲得する場合は守備orスピードに優れた選手を優先するになります。

①投手の獲得を優先する


投手の獲得を優先した方が良い理由は明確で、投手は先発で活躍できなくてもリリーフで活躍する可能性があるからです。代表的な成功例がタイガースのアレックス・ランゲです。彼は2019年の夏にニック・カステラノスの対価としてカブスから移籍しました。

元々は先発投手として期待されていましたが、タイガース移籍後はリリーフに転向。今季は26セーブを挙げるなど、見事に守護神へと成長を遂げました。

②野手を獲得する場合は守備orスピードに優れた選手を優先する

野手を獲得する場合に打撃ではなく、守備orスピードを重視する理由は後者のスキルはMLBでもそのまま通用する(事が多い)からです。この守備orスピードの重要性を分かりやすく示している存在がダイロン・ブランコです。

ロイヤルズファン以外のほとんどの人には初めて聞く選手かもしれません。2019年にジェイク・ディークマンとのトレードでアスレティックスから移籍。2022年にMLBデビューを果たすと、今季はMLBで上位1%以内に入る快速で24盗塁を記録しました。スピードを大きく生かし、今季のbWARは1.2でチーム内5位の活躍を見せました。

レンタルトレードの性質上トーレスのような大物選手を獲得する事はほぼ不可能です。また打撃が売りの選手でもMLBで苦しむことが多いです。以上を考えればMLBでも通用する守備やスピードを持つ選手を狙う事は合理的だと思います。

買手の理想的な戦略とその参考例(2023年のドジャースと2021年のブレーブス)

概要の章で触れたように買手は圧倒的に有利な立場にあります。トレードで勝者になるという観点からは当たる確率が半分以上ある宝くじを買うようなものですから、積極的にアプローチするべきです。

ただし注意しないといけないのはトレードでの勝ち負けでは勝っても、獲得した選手が期待したような活躍をしないリスクがある事です。今回検証した49件のトレードの中で買手が獲得した選手が1.0以上のWAR(シーズンで約3.0以上に相当)を記録した事例は7件しかありませんでした。一方でマイナスは12件もありました。

少ない期間で高いWARを残す選手は1回の活躍のインパクトが大きい長打力の期待出来る野手や長いイニングを投げる先発投手です。彼らは多少の好不調があっても、1回の活躍でWARをプラスに出来ます。

一方で買手にとって最も危険な賭けはリリーフ投手です。リリーフ投手は頭数を揃えたい思いが先走り、トレード市場が盛り上がります。ただし獲得しても毎日試合に出る野手や長いイニングを投げる先発投手とは異なり、シーズン残り2ヶ月で大きなインパクトを残す選手は稀です。

更に悪いケースだと移籍後に不調になる/不調から脱却出来ない事があります。この状態だと大事な試合を落とす事もあり得ます。実際獲得した選手のWARがマイナスになった12件のうち実に半数近い5件がリリーフ投手のトレードです。

もちろん移籍後に1.2を記録した2016年のアロルディス・チャップマンや0.8を残した2019年のダニエル・ハドソンの例もあるのですが、リリーフ投手の獲得はどちらかといえば分が悪い取引です。今季もメッツからマーリンズに移籍したデビッド・ロバートソンが1カ月間で3敗を喫するなど失敗トレードになっています。

ここまで読んで頂くと分かるかもしれませんが、売手と買手が獲得するべき選手は投手野手共に真逆のタイプになります。これはそれぞれのチームが選手を保有する期間が異なるからです。今回はレンタル選手の仮定を置いたので、この仮定が変われば結論は変わるかもしれません。

話が逸れてしまいましたが、買手はせっかく獲得した選手が活躍しないことを避けるために①獲得する選手の見極め②獲得した選手に適切な助言を与える事のいずれかあるいはいずれもが必要になります。

①獲得する選手の見極め

獲得する選手の見極めはトレードの基本ですが、レンタル選手に限ればチームに貢献する確率が高い選手を引き当てるためにはポジション選びが重要です。具体的には長打力のある野手や先発投手をターゲットにするべきです。

その意味でお手本になるのが2021年のブレーブスです。この年ワールドシリーズを制覇したチームはTDLで相次いで長打力のある野手を加えました。
 
ホルヘ・ソレール(移籍後bWAR1.1)
エディ・ロザリオ(移籍後bWAR0.5)
ジョク・ピーダーソン(移籍後bWAR0.3)
アダム・ドュバル(移籍後bWAR1.3)

彼らは皆シーズン、POで見せ場を作りワールドシリーズ制覇に大きく貢献しました。獲得する選手の見極めが上手くいった最たる事例でしょう。

②獲得した選手に適切な助言を与える

後者の獲得した選手に適切な助言を与えることはいわゆるPlayer Developmentの領域であり、今季のトレードで言えばホワイトソックスからドジャースに移籍したランス・リンのトレードが当てはまります。リンは移籍前はWAR-1.2と悪いシーズンを送っていましたが、移籍後は球種別比率を変更するなどして移籍前のマイナスを取り返す活躍をしています。

①②いずれも実行できる事がベターですが、ドジャースのようにPlayer Developmentが優秀なチームは少ないので多くのチームにとって重要なのは①の獲得する選手の見極めでしょう。ここでも売手同様に選手のポジションによって活躍度やリスクが異なります。

最悪のレンタルトレードと最高のレンタルトレード

トレードの評価をする際にここまでは売手と買手のいずれが得をしたのかという観点で考察してきました。しかし本来トレードは関与するチーム全てが得をするのが理想です。その意味で最高のトレード(双方が獲得した選手のWARが近いトレード)と最悪のトレード(双方が獲得した選手のWARが離れているトレード)を紹介します。

最悪のトレード


(Dバックス獲得)JD・マルティネス
(タイガース獲得)ホゼ・キングセルヒオ・アルカンタラデューウェル・ルーゴ

言うまでもなくこのトレードはDバックスにとっては最高のトレードです。マルティネスは移籍後にWAR2.4を記録。チームのPO進出に貢献しました。最悪なのはタイガースにとってです。

アルカンタラとルーゴは辛うじてMLBに到達しましたが、タイガースでは2人合わせて123試合の出場でWAR-1.4を記録。その後キングとルーゴの2人は2021年以降マイナーでの試合出場も0。アルカンタラも既にタイガースを離れており、これ以上のWARの積み上げは見込めません。

このトレードは売手の理想的な戦略の反面教師のような内容です。
①投手の獲得を優先する
②野手を獲得する場合は守備orスピードに優れた選手を優先する

2018年時点でのMLB公式のタイガースのプロスペクト評価にはルーゴとアルカンタラの評価が記載されています。ルーゴ(12位)は守備位置をショート→3塁手→2塁手と転々としていて、守備力よりも打撃を評価されています。一方のアルカンタラ(26位)は守備の評価が高いものの打撃は非常に辛辣な内容となっています。

結果的に打撃優先で獲得したメインピースのルーゴは期待外れに終わりました。守備の評価が高かったアルカンタラもMLBでは活躍出来ていません。ただし他の2人と異なり、2023年もAAAでプレーしてOPSは.776を記録しています。

①3選手を獲得したにも関わらず、投手が1人も含まれていない事及び②メインピースで獲得した野手が打撃偏重型の選手だった事がタイガースに大きな損失をもたらしたと言えるのではないでしょうか。

最高のトレード

(レッドソックス獲得)ネイサン・イオバルディ
(レイズ獲得)ジャレン・ビークス

このトレード後にイオバルディはWAR0.6を記録。ビークスは1.0を記録しており、数字上は若干レイズに軍配が上がります。ただしイオバルディを獲得した2018年のレッドソックスは見事世界一に輝き、イオバルディもPOで大車輪の活躍を見せました。その意味では両者にとって、Win-Winといえるでしょう。

このトレードが成功した理由についても触れておきます。買い手のレッドソックスはセオリー通りの先発投手を獲得。一方のレイズもマイナーリーグでずっと先発をしていたビークスを先発やリリーフなど複数の役割で重宝した事で成功を収めました。

まとめ

・MLBのトレードの勝者を決めるのは以下の理由から難しい
①買手が獲得した選手が長期離脱して機会費用が発生するケースがある
②トレードで獲得した若手選手が再移籍するケースがある
③買手が獲得した選手が契約延長するケースがある
④将来WARの扱い方が難しい
・今回は以上を踏まえて、レンタルトレードに絞って検証
・レンタルトレードでは買手が有利(対象49件のうち30件は買手が勝者)
・売手の理想的な戦略は①投手の獲得を優先する②野手を獲得する場合は守備orスピードに優れた選手を優先する
・買手の理想的な戦略は先発投手と野手を優先する
・買手は獲得した選手が期待したような活躍をしないリスクがある

Photo BY:apardavilla