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「IT産業は最後の望み」──モンスターラボ 、ガザでのSDGsプロジェクトの現在地

神戸情報大学院大学がJICA等と実施したウェビナーシリーズ「『ICT x 平和構築 x 社会的投資』が創り出す新しい世界」。7月7日の特別セッション「パレスチナにおけるICT×社会的投資」では、モンスターラボから中山和樹が登壇し、ガザで実施しているSDGsプロジェクトについて語った。

"天井のない監獄"にITを

モンスターラボがプロジェクトを行なっているのはパレスチナ自治区・ガザ。隣接するイスラエル、エジプトとの境界がコンクリート壁などで遮断されていることから「天井のない監獄」の異名をもつ特殊なエリアだ。

イスラエルとの衝突によりガザの産業は壊滅的打撃を受け、失業率は全体で50%超。若年層では70%、女性若年層にいたっては92%といわれており、雇用機会の不足は大きな社会課題の1つだ。

封鎖された環境下において、人・物資の移動を必要としないIT産業はまさに「最後の望み」。モンスターラボでは、ITビジネスによってガザの若者の経済的自立に貢献するため、SDGsプロジェクトを進めている。

SDGsプロジェクトの概要と進捗

モンスターラボのプロジェクト「難民等の雇用・人材育成を通じた経済的自立のためのソフトウェア開発(SDGsビジネス)ビジネス調査」は2018年、独立行政法人国際協力機構(JICA)の公募事業に採択された。

当初のゴールは、ヨルダン国・パレスチナ自治区に居住する難民に対し、ソフトウェア開発の職業訓練を実施するため、開発拠点をヨルダンに作ること。また、ガザのIT企業にマーケティング支援を行うことだった。

「プロジェクトが採択されてからは現地に出張し、ヨルダンの難民キャンプを訪れたり、中東諸国の市場調査をしたりしながらビジネスの実現可能性を調査しました」

その結果、当初予定していたヨルダンでは難民支援が難しいと判断。ガザでのプロジェクト展開を模索することになった。

「ガザの人々は教育熱心で、IT分野における学習・職業訓練の機会は多数あります。しかし、肝心の雇用機会が少ない。そこでモンスターラボが貢献できることがあるのではないかと思いました」

2019年にはガザに出向き、市場調査やパートナー探しを実施。現地のIT企業やガザの学生とも交流を図った。

「情報を集めるなかで、ガザで起業するとガザを実効支配しているハマスに納税することになり、特に欧米においてはテロ組織に資金提供している会社として認定される可能性があることがわかりました。日本とは全く異なる環境で、どのようにすればビジネスを成立させることができるのか悩みました」

2020年には新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生。現地への出張が困難になり、プロジェクトの進行が危ぶまれた。

そんななか出会ったのが、ガザ出身で日本在住のSara Alafifiだった。

「Saraと出会ったのは本当に偶然。しかし、彼女の人脈を介して現地の情報を知ることができ、リモートでパートナー探しなどを進めることができました。Saraは2020年1月にモンスターラボに入社し、現在はSDGsプロジェクトのアシスタントプロジェクトマネージャー、また、DE&Iプログラムマネージャーとしても活躍しています」

2021年に入り、プロジェクトが本格的に再開。現在はガザのIT企業2社とパートナーを組み、テストプロジェクトを走らせている。

テストが終了する2022年上期以降はモンスターラボが主体となり、ガザの雇用創出を目指してプロジェクトを推進していく予定だ。

ガザチームの構築と育成

モンスターラボでは、クライアントやプロジェクトの特性に合わせて最適なチームを構成するため、戦略策定・事業計画、UX・UIリサーチ、要件定義などの上流工程を担うレベニューセンターと、デジタルプロダクトの開発・デザインなどを担うデリバリーセンターを設けている。

今後発足予定のガザチームは、既存のデリバリーセンター傘下に配置してトレーニングの機会を設けつつ、ゆくゆくは他のデリバリーセンターに並ぶ拠点として拡大する方針だ。

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©️ Monstarlab

人材育成の観点では、現地の企業をはじめとするパートナーとの連携も肝となる。

「IT人材として自立するまでには、基礎学習に始まり、実践的なトレーニングも積まなければいけません。モンスターラボだけではまかえないプロセスもあるため、同じ課題意識を持つ世界中の方々と協力する方針です」

基礎学習は大学、職業訓練は国際機関・民間企業などが担い、段階的にIT人材を育成。最終的にIT分野における雇用拡大に繋げる。

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©️ Monstarlab

今後待ち受けている課題

SDGsプロジェクトにはまだ課題も残されている。

最も懸念されるのはリスクマネジメントだ。空爆や戦闘により、不安定な治安情勢が続くガザ。安全な開発環境を維持できず、プロジェクトの進行が妨げられる恐れがある。

そのような事態が発生した場合は、①モンスターラボ内部のプロジェクトにアサインする、②トレーニングを兼ねてガザのコアメンバーを他の開発拠点へ異動させておく、③SDGs観点で同じ目的意識を持ったクライアントと、上述のリスクを踏まえた上で共同で開発プロジェクトを行うなどの対処を検討している。

「しかし、この3つのオプションにとどまらず、他の方法も模索しなければならないと考えています。ビジネスとして受注している以上、クライアントに迷惑はかけられません。情勢を鑑みたリスクヘッジはこのプロジェクトの最大の課題だと捉えています」

そして、将来的には、プロジェクトが与えるインパクトをいかにして最大化するかを思索する必要もある。

「例えばモンスターラボの内部の開発プロジェクトだと、アサインできるメンバーは最大で10人ほど。内部の取り組みだけでは、ガザの雇用創出およびIT業界の活性化におけるインパクトは小さいと考えています。ガザの社会課題を解決するためにも、このような取り組みを積極的に社会に伝えていく必要があると考えています」

SDGsプロジェクトに取り組む理由

モンスターラボは「多様性を活かし、テクノロジーで世界を変える」をミッションに、現在はクライアントのデジタルトランスフォーメーション(DX)推進サポートなどに取り組んでいる。

ガザ地区におけるSDGsプロジェクトもまた、このミッションを体現した活動の1つだ。

「ガザには、雇用機会がないことで自分の人生を選べない人たちがたくさんいます。そのような人々に雇用機会を提供できれば、自分の人生を自分でコントロールすることができるようになるのではないか──そのようなことを考えながら、SDGsプロジェクトの活動に取り組んでいます」

ガザの人材は高い教育水準や仕事への熱意だけでなく、裕福な湾岸諸国のマーケットにアプローチできるアラビア語などの語学力、人件費の面でも大きなビジネス優位性を持っている。

モンスターラボでは現在、アラブ首長国連邦やサウジアラビアを中心に中東市場での案件受注も進めている。SDGsへの取り組みを通じ、ビジネスの成功と現地の雇用機会の創出・拡大を両立させるべく、まずはプロジェクトの成功を目指して邁進している。

(2022年3月9日 追記)

モンスターラボの「難民等の雇用・人材育成を通じた経済的自立のためのソフトウェア開発ビジネス(SDGsビジネス)調査」が最終段階を迎え、パートナー団体とともにパレスチナ・ガザ地区にてエンジニアチームを組成し、オペレーションを開始いたしました。

■プロジェクトリーダー 中山和樹からのコメント
JICAをはじめ、多くのパートナー団体/ 企業から多大なるサポートをいただき、4年がかりでスタートラインに立つことができたことを嬉しく思います。ご協力いただいたJICA担当者の皆様、パートナー団体、Kiitos Technologiesとそのタレント・アクセラレーション・プログラム、並びにプロジェクトを推進してくれたチームメンバーに感謝を申し上げます。今回のオペレーションの開始がガザ地区にもたらすポジティブな影響に加えて、エンジニアがモンスターラボバングラデシュ拠点のメンバーとともにアラビア語圏のマーケットを中心に仕事をすることで中東地域での事業拡大の機会を得られることを大変楽しみにしています。

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モンスターラボのSDGsプロジェクトに関するお問い合わせは以下からお願いいたします。

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■参考・引用文献
・JICA広報誌「mundi」2020年2月号(特集:中東 深まる日本との絆)
・朝日新聞デジタル「ガザに起業の波、封鎖されてもネットで 日本企業も期待

Top Photo by ©️Kazuki Nakayama(Monstarlab, Inc.)

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