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【書籍紹介/海外SF】二次元から見た三次元の世界


こんにちは。
前回のアディーチェが、なんというか、背伸びしすぎて書いてる自分がしんどくなってしまい、多分読む方も大変だったと思うので、
今回はライトなSFアンソロジーの中の1作品だけを取り上げる形式にして、お気楽にいこうと思います。
SFは楽しんでなんぼ!

今回はこれです!

ヤロスラフ・オルシャ・jr
ズデニェク・ランパス  編
『チェコSF短編小説集2』


いきなりチェコ?って感じですが、旧ソビエト圏のSFめっちゃ良いんですよ!共産主義国特有の緊迫感とか閉塞感が滲み出ててるし、ディストピアものは容赦なくディストピアなのです(といっても数えるほどしか読めてないですが)。
なんといっても本著は1980年代に執筆された作品のアンソロジーで、これはソ連ではペレストロイカ期にあたります。
光明が差してきたとはいえ、まだまだ共産主義国家だったときの作品集なのです。

ソ連とSFの親和性は、ゲームでも感じるんですよね。
自分は下手くそすぎてやらないのですが、時々映画鑑賞代わりにゲーム実況を見たりしてて、
『メトロ』シリーズのポスト・アポカリプトや、『アトミック・ハート』のオートマトンもの、とても味があって好きなんです。
『ストーカー』はゲームではなく原作で嗜みましたが、あれも胸糞悪くなるほどリアルで、大変上質なスチームパンクでした。

SFは大別すると「ファーストコンタクトもの」と「スペースオペラもの」がある……とかいう言説もありますが、この分類は少し前のアメリカや西洋圏のSFにしか当てはまらない気がします。
ロシア東欧SFはもっと複雑で、文学的で、情緒的です。
それは、共産党一党独裁で抑圧されてきたとはいえ、ロシア文化圏(とあえて言いますが)が歴史的に文学や詩に大きな価値を見出してきたことにも関係あるのかもしれません。

今回はこの短編集の中から
イジー・ウォーカー・プロパースカ
『……および次元喪失の刑に処す』
を紹介します。
以下、ネタバレを含むあらすじです。


ミハルは、自宅で拳銃を向けられ、両手を上げて立っていた。
横暴な国家の警吏が、今から裁判なしで彼を処刑するという。
壁際に立たされ、引き金が引かれると、強い光が走って、ミハルは壁の絵になってしまった。
三次元だった彼の体が二次元になってしまったのである。これがこの国の処刑方法、つまり次元を一つ奪うのである。
二次元化したとはいえ、家族と話すこともできるし、頑張れば壁伝いに家の中を移動することもできる。
二次元から見た三次元はクラクラするような光景。突然足元が真っ暗に落ち込んだり、見渡す限り視界が真っ白になったり。
それでもなんとか家族と生きようとするけど、妻も子供2人も義理の祖母も、ミハルから心がどんどん離れていく。
移動するコツを掴んで家の外に出られるようになると、同じように二次元化された人々と出会った。
街中で見かけるポスター広告の中の人間になりすましていたのだ。
彼らは結集し、話し合う。
奪われてしまった次元は一体どこにあるのだろう?
もし権力者や金持ちのために集められているなら、次元を戻す方法もあるのでは?
彼らは秘密結社を立ち上げて調査することに。
ついに奪われた次元のありかを突き止め、仲間たちと共に潜入する。
そこで聞かされたのは、奪われた次元は外国の金持ちどもに売られ、それが国家財政を支えていたこと。
次元を一つ与えられた人間は、自分の肉体や精神を、自分が一番輝いていた時に戻す事ができるのだという。
ミハル達は自らの命運をかけて、この恐ろしい国家権力に立ち向かう。

次元を減らしたり増やしたりするアイデアは、中国SF『三体』で実に華麗に描かれていましたよね。
量子1個分の大きさの余剰次元の智子(ソフォン)が、空いっぱいに広がる雨雲のように三次元展開する描写は、物理学的整合性を多少犠牲にしてはいても、本当に痺れました。
次元の概念は、自由な発想を求められながらも物理法則に制限されてしまうSFのジレンマを、鮮やかに解決してくれる最終兵器のような気がします。
退屈な科学の中に魔術的なワクワクをもたらしてくれるし、映画『インターステラー』のワンシーンのように、幻想的な亜空間を挿入することもできる。
ただし相当使い古されたアイデアなので新鮮さは望むべくもないと思っていたのですが、この作品は三次元の主人公が次元を一つ奪われて、二次元の存在となり、二次元の目で三次元を見つめるーーというところが新しい。
壁の中を移動する際、扉の枠を越えるのに一苦労し、超えたと思ったら扉が空いていて、底の見えない深淵が足元に広がる。水槽の置いてある壁を通過するときには、足元がガラスのように透明になり、空中に浮くような錯覚を覚える。
『三体』では、二次元化した瞬間に生命活動が停止するのですが、それと比べると本作は科学的正確さを犠牲にする代わりに無限の想像の余地を残しており、どこかコミカルですらあります。

また、二次元化した人間とどう付き合っていくのか、人と人とのコミュニケーションが、次元一つ奪われる事でどう変容してしまうのか、という部分にも果敢に取り組もうとしています。
三次元世界に関与できなくなるので当然経済収入は絶たれます。
外出することもままならず、出れたとしても危険がいっぱいです(例えば道路面を移動している間に車が上を通ると死にます)。
子供の頭を撫でてやることも、妻の手料理を味わうこともできない。
夫が完全に戦力外となった事で、妻の心は離れていく。
こういった事がかなりリアルに描かれます。
次元の描写がかなりご都合設定でコミカルに感じるのとは対象的です。
ここはロシア・東欧文学の豊かな土壌を感じるところです。

もう一つ喋りたいのは、国家権力について。
本作は強大な国家権力よって無垢の一般市民が次元が奪われ、国家はそれを食い物にしている、というナイスアイデアなディストピアSFです。
独裁的国家権力に脅かされるディストピアといえばやっぱりジョージ・オーウェル『1984』が思い浮かびますが、
非人間的で完全鉄壁のビッグブラザーに感じるような絶望感よりも、この作品では知性のない特権階級に容易く蹂躙される胸糞悪さがあります。
警吏も官吏も私利私欲のために権力を傘にきて、市民を食い物にし、次元を搾取することで私腹を肥やしています。
この部分はSFというより不条理小説ぽい感じです。

私はこういうディストピアに接すると必ず、この国の歴史や成立過程に思いを馳せてしまいます。
この作品に関していうと、多分新興国で権力基盤が安定しないために強権的な政府となっていて、しかも先進国の富裕層に自国民の次元を売り渡す事で莫大な外貨を得る、開発独裁国家のようなイメージで読みました。
だからこういう国家が成立する前には多分、壮絶な内戦があって国土が荒廃していたり、あるいはどこかの国の植民地で、独立戦争を経て軍閥が政権を握り、民主化の工程を踏まずして恐怖政治がスタートしたのかもな、と想像します。
SFの醍醐味は、勝手に舞台背景を想像することですね。

物語の展開はいわゆるレジスタンスもので、権力によって蹂躙された人々が、団結して権力に歯向うやつです。SF界でのレジスタンスものといえば、やはりハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』でしょう。
今作はもちろん、あれと比べると些か見劣りはします。
そもそも短編小説だし、短い尺の中で展開させるために登場人物はかなり単純化されていて、まるで戯曲のようですらあります。
十分面白いのですが、私は別にレジスタンスものにしなくたって良かったのにな……と思いました。
二次元の身体で、普通は潜入できない部分に単身潜入し、国家の欺瞞を目撃するーーそれだけで面白いんだけどな。
たった1人で、国家権力の根底を支える途方もない欺瞞的システムを見せつけられるの、なんかものすごく興奮するんですけど、このリビドーは多分『PSYCHO-PASS』から来てそうです。

ただしこの作品も陳腐なレジスタンスものでは終わっていません。
最終的に自分から次元を奪った憎き裁判官を見つけ、彼から次元を奪い返すのですが、ここで悲劇が起こるのです。
アメコミみたいな、勧善懲悪でスカッとしたエンディングでは全然なく、この後味の悪さもまたディストピア世界に拍車をかけて、物語全体の雰囲気を一気にノワール小説風にします。
チェコの、旧共産圏の気風を感じるのはこのあたりで、これが私の中で強く印象付けられました。
結局最も割を食うのは弱い一般市民なのだ、という認識が骨の髄まで浸透してしまっているように思えます。

同じ共産圏でも、中国はまた違う感じがするんですけどね。

最後に作品が執筆された時代の社会背景を、「あとがき」から少しだけ。
ソ連統治下ではSFは「冬の時代」、つまり弾圧対象だったようです。
ペレストロイカで多少緩和され、このときに西洋SFの翻訳輸入もあったそうですが、出回ったのはレイ・ブラッドベリくらいで、アイザック・アシモフもフィリップ・K・ディックも知られないままSF文壇が形成されたということだそうです。
ソ連時代はサミズダートという地下出版物が旺盛を極めるのですが、SF作品も例に漏れずこのフローに乗って市民の間に密かに読まれていたそうです。

サミズダートで何が流通し、ソ連圏の多感な青少年達にどんな影響を及ぼしたかについては、リュドミラ・ウリツカヤ『緑の天幕』が非常に瑞々しく描いています。

共産党一党独裁に押さえつけられていた創作意欲が一気に解放され、大きなファンダムが形成され、「カレル・チャペック賞」が誕生した。
カレル・チャペックといえば、「ロボット」という言葉の生みの親でもありますよね。

本アンソロジーでは、そんな破裂した風船のような意欲的作品が詰まっていますので、多くの人に読んでもらえたらいいなと思います。
そして好き勝手に空想して解釈して、隅々まで楽しんじゃいましょう。


それでは。

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