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【書籍紹介/海外文学】転生モノの元祖、カフカの『変身』(ショートバージョン)

こんにちは。
今回紹介する作品は、もはや紹介するまでもないほど有名な作品ですので、がんがんネタバレありで書いていきます。

『変身』 フランツ・カフカ

青空文庫って、ダウンロードするときは楽しいのに、なかなか読み始められないんですよね。

読み始めたきっかけはメルヴィルの『バートルビー』なのですが、それとはまた別に、『博論日記』というバンドデシネを久しぶりに読んだこともきっかけでした。

ティファンヌ・リヴィエール『博論日記』

物語は、パリに住む非常勤の中学校教師をしていた主人公が、一念発起して仕事をやめ、大学院に入学し、フランツ・カフカの学術的権威である教授の研究室に入るところから始まります。
夢だった文学研究ができることになった彼女は、期待を大きく膨らませるのですが……。
実はフランスのアカデミアでは昨今、指導教官が院生に適切な指導をせず、自分自身の研究を優先させてしまったり、
酷い場合は功績づくりのためだけに院生を迎え入れてそのまま放置し、
院生が路頭に迷う……問題が、特に文系の院を中心に問題になっているそうです。
それでもなんとか研究を進めようとする彼女に、指導教官は「ショーペンハウエルを読め」とか見当違いなことを言って、精神的にさらに追い打ちをかけてくる……そんな、ブラック・ユーモアに包まれた告発作品です。
面白いです。

そんな彼女が研究していたのがカフカでした。

前置きが長くなりました。
ある朝目が覚めたら、ザムザは巨大な甲虫になっていて、言葉も喋れなくなっている。
自分もさることながら同居家族も気が動転し、とりあえず自室に閉じ込められてエサだけ与えられる生活が始まります。
家族は「これ一体どうすれば……」「そもそもこいつはザムザなの?」と途方に暮れながらも、気色悪い虫と奇妙な同居生活をするしかない……

「ある日甲虫になっていた」とだけ聞くとまるでファンタジーなのですが、それ以外は全てリアリズムの文脈で進展していくのが肝です。
たとえば、自分が不能となったことで収入が絶たれた家族のことを心配し、心を痛めていたザムザが、次の瞬間には甲虫としての本能――エサのことしか考えられなったり、
甲虫としてのリアルな肉体感覚――ベッドや壁から落ちるとすぐに内臓を痛めたり、変な汁が身体から吹き出してくるところとか。

このあたりはまるで、物語を語る主体の「肉体」だけが異物に差し替えられ、「精神」はそのまま残されるとどうなるか、という文学的な実験を見ている気になります。
「精神」が「肉体」に侵されていくとしたら、それはどのように起こるのか?

また、この作品は家族の物語でもあります。
家族に自分がザムザだと信じてもらえない辛さ。
あの気色悪い巨大な虫がザムザだと信じたくない家族。
徹底的にコミュニケーション不能になり、崩壊していく親子関係。

能率主義・資本主義批判への目配せもあるかもしれません。
中産階級だった家族は没落し、既に引退していた高齢の父親が安月給で働きに出たり、自宅を下宿屋にして、見知らぬ男どもが家に上がり込んでくるのを我慢しなくてはならなくなります。
家族の心は荒んでいき、愛情は憎悪に、憎悪は忘却に変化していきます。

そして最後、愛する息子かもしれないのに、彼(甲虫)の死を心の底から喜んでしまう両親の心情は、もちろん理解はできるんだけど、何だか釈然としない気持ちになります。
この、なんとなくおさまりが悪く、心にしこりを残したまま終わっていく感じ。
「哀愁」や「絶望」といった陳腐な表現には収まりきらない、このなんともいえない読後感は、『バートルビー』や『外套』と似ていて癖になります。

これぞ、世界三大虚無文学!



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