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【書籍紹介/海外文学】"香り"によって操られる群集心理(ショートバージョン)

こんにちは。
朝晩の寒暖差が激しすぎて東北が嫌になってきたM.K.です。

さて今回の作品なのですが、いつも贔屓にしているポッドキャスト番組「翻訳文学試食会」で、この著者の別の作品が取り上げられていて、
パーソナリティの干場さんが「『香水』は掛け値なしに面白かったです。皆さん読まれるといいと思いますよ。」と絶賛されていたので、さっそく手に入れたのでした。

今回もショートバージョンになります。

『香水――ある人殺しの物語』 パトリック・ジュースキント

なんというか……物語全体を通して不気味で不潔で、一方で妙に唯美的なところもあって、独特の手触りでした。まごうことなき文学の味わい。

ジャンルは全然違いますが、手触りとしては『タイタンの妖女』を彷彿とさせる感じでしょうか。感情移入して楽しむのではなく、淡々と物語の展開を俯瞰し続ける感じです。

なので好き嫌い分かれるんじゃないかなと思います。私はもう少し登場人物に感情移入したい派なので、わくわくしつつも少し肩透かしを食らった感じでした。

物語の始まりや設定はすごく面白いです。
時はフランス革命前夜。主人公は孤児で、教会や孤児院をたらい回しにされるのですが、彼には特筆すべき能力がありました。
それは異常に鼻が利くことで、ほんのわずかな臭気も逃さず、しかもそれがどんな種類の臭気が混ざったものか判別がつくのです。
彼はその能力をフル活用すべく香水調合師に弟子入りして技術を磨くのですが、一方で彼は人間性が欠落したところがあって、至上の香りを得るためにいかなる犠牲もいとわない、冷酷な人格の持ち主でもあります。
やがて、男が作った香水が群衆心理に働きかけるようになり、香りに充てられた人々がとんでもない暴挙に……そんな物語です。

ただ設定が面白いだけに、プロットがあともうちょっとという感じがありました。期待していた展開にはならなかったというか。

加えて、ちょっと説明的すぎます。主人公の一人称で物語が進むのですが、この主人公というのが読者は全く共感できない得体のしれない人物像なだけに、「彼には世界はこう見えるんです!」「こういう理由で彼は行動したのです!」という説明が多くなってしまうんですね。

また彼が視覚ではなく嗅覚で世界を捉えているので、本来言葉にはできない臭気を言葉で説明する必要があり――そこは作者の才能が発揮される部分でもあるのですが――余計に説明過多になってます。
それならいっそ二人称や三人称で書いても良かったのかな……って、おこがましいことを思ったりしました。

あと、フランス革命が絡んでくるのかなと期待していたのですが、そんなことはありませんでした。一つの時代の終わり、ドラスティックに身分制が崩壊する末法の世にこの男が立ち会って、群集心理を操る香水を使って世界をめちゃくちゃにしてくれるんじゃないかと、期待値を上げすぎました。
ジャコバン派の大量処刑が実は香水のせいだった!?
……とか、これじゃパルプフィクションみたいですね。

ただ、もしかしたらこの作品自体が革命期の移ろいやすい群集心理を揶揄しているのかもしれません。香りのような実体のないものに簡単に操られてしまう大衆への揶揄というか。
そういえば「嗅覚は他の感覚と比べて最も原始的」という記述もありました。革命という理性主義・近代化・文明化への大きな歩みの渦中にあって尚、原始的なものに惑わされる人間の本性を描いたともいえるかもしれません。

そして主人公の壮絶な最期は、そのままフランス革命の最期を暗喩しているのかもしれないなと思いました。

読む人を選ぶ作品だとは思いますが、よろしければ読んでみてください!

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