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【書籍紹介/エッセイ】『テルマエ・ロマエ』ヒットの裏側で起こっていたこと(ショートバージョン)

こんにちは。
なんだか最近寒いんだか暑いんだか、訳わからない気候になっていますが、皆さん体調いかがでしょうか?私はすっかりやられています。

体調が思わしくない日に濃厚な文学は胃がもたれるので、そういう時は軽めのエッセイにかぎります
ということで、今回は初めてのエッセイの紹介になります。

今回もショートバージョンでお届けします。

『仕事にしばられない生き方』 ヤマザキマリ

某漫画の原作者が、実写化の問題を巡って自殺してしまった悲しい事件がありましたよね。
その漫画の読者でもあった友達が貸してくれたのが、このエッセイでした。
もちろん事件のずっと前に刊行されているもので、事件と何の関係もないのですが、ここに書かれていることが事件を考えるヒントになったと。

『テルマエ・ロマエ』は私も大好きな漫画です。作者も大好き。
それだけに、漫画家としてヒットを飛ばしたあと、日本の出版業界の構造的な欠陥に直面し、心身ともに疲弊していったヤマザキさんの体験談が非常に生々しくて衝撃でした。
もともとは「売れない作家」のための救済措置的なシステムだったものが、いまでは人気作家の創作活動をどんどん蝕んでいく構造悪になっている……というのが核心です。

ヤマザキさんは10代のころから海外に出て、様々な人や価値観と出会うことで広い見識を獲得されてきた方だけに、この日本の良く分からないローカルルールによけい問題意識を持たれるのだと思います。
しかしだからこそ、この障壁を乗り越える対策をしっかり打ち、自分にとって大切なものを侵されないよう守り抜くことができたのだと思います。

正直こんなの誰であっても自殺して不思議はないなと思ったし、ヤマザキさんほど世間に揉まれまくった人でもこんなに壮絶な戦いを繰り広げなければならなかったのだと思うと、暗雲たる気持ちになります。

これ、もっぱら出版業界の話なのですが、なんだかこの日本という国全体が、一人の属人的なパワーで仕事を回そうとしがちであり、そのためにすぐ疲弊してしまい、構造を変革するためのパワーを誰も発揮できなくなる……そんな気がしました。そういや、うちの会社もそうだ……。

またそれとは全く別に、ヤマザキさんの人生の岐路について書かれた部分に、なんだかものすごく感動させられたのも覚えています。

巡り巡ってキューバのサトウキビ畑で泥まみれになって働き、彼女を追いかけてきた恋人と再会して懐妊を実感したときの、なんとも言えない詩的な描写。
運命はこうやって時々水の底から浮かび上がってきて、私たちの目の前に現れる瞬間があるんだな、と思いました。ミラン・クンデラの小説みたい。

一方で、イタリアの精神病棟に入れられ、たった一人で息子を出産した彼女が、「このままホームレス生活していたらダメだ!」と、それまでの考えが一変して日本に帰国することを決意するところ。
人生の目的が自分自身から息子へと大きく転換する瞬間、全ての価値判断が一挙に転換する瞬間を目撃したようで、なんだかものすごく衝撃を受けました。

ガルシア=マルケス『百年の孤独』を読むような、知性の光に照らされた男と別れる決断をするのに、息子の存在が必要だったのだ。
知性の供給源を手放すことって本当に難しいと思うと同時に、子を成すということは何にも勝る人生の大転換なのだと実感したのでした。

今の生活にミスマッチを感じている人は、このエッセイ刺さると思います。
私も、自分のどうしようもない安定志向をグラグラ揺さぶられた感じがしたし、なんだかんだ、人間どこでも生きていけるんじゃないかという気がしてきました。

ポジティブな気持ちになれる素敵なエッセイでした!

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