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水のかたち |VITTELのボトル 1991

地球を水の天体という。水が生命の証なのだ。僕たちの身体は60%は水だという。世界の文明は水のあるところに芽生えた。水のあるところに文化が育った。
ヨーロッパは地中海が中心に発達した文化圏である。印度と中国はヒマラヤ山脈やチベット高原からの無数の河川が大地を潤して発達した文化圏である。日本は太平洋の海が育てた文化と言っていいだろうし、その上、優れた山脈からの水源が美しく美味しい水をもたらし、豊かな自然を培った水の国でもある。

ヘレン・ケラーの物語を読んだことがある。聴覚も視覚もなくその上、話すこともできない少女が水に触れた瞬間のことを語っている。どんなに心を動かされたか、驚きと感動を想像したあの少年時代の感覚を今でも覚えている。3つの感性を失った少女は恐らく皮膚感覚を研ぎ澄ませていたに違いない。そもそも、生きものの皮膚は自分の肉体を外部から遮断しながら、外部の情報をキャッチしている巨大な器官である。脳がまだ生まれていない生きものの初期の段階では皮膚が脳の働きをしていたという。
生存のために、皮膚が判断して食物を選び外敵を避けて生き延びていたのだろう。

実は僕たちの身体はトーラスの形をしている。肉体の中心に一つの穴が空いているのだが、それを消化器官といってそこから食物をとり排泄をしている。管を食物が通る間に栄養を取り込んでいらないものを尻から排泄しているのだ。この皮膚を粘膜といっていてこれも皮膚の一部である。眼の網膜も耳の鼓膜も舌も鼻も皮膚が変化したものだという。脳が生まれてそれに頼るようになったのだが、今でも皮膚や粘膜は独自に状況をキャッチし判断している。要するに脳の役割を果たしているのだ。皮膚を原始脳だと僕は考えている。

その皮膚の感覚をフルに研ぎ澄ませて、少女だったヘレン・ケラーは感じていたのだろう。捉えられない存在と風のような抵抗と爽やかな冷たい水の感覚を皮膚で受け止めていたのだろう。僕は水が大好きだ。雨は季節を連れても来る。雨は詩を誘い、水は生命の証であり生命そのものに感じている。水さえあれば生命は続くなと日常的に感じている。僕の身体の中を水が流れているかのようだ。

そんな水のボトルのデザインを依頼された。フランスから訪ねたいという連絡があり、オフィスを訪れた二人のフランス人からの依頼だった。複数の日本のデザイナーを対象に依頼しているという。最後に僕が残り、プラスティックで試作したモデルを提出して本社で検討されたのだが製品にはなっていない。

水とはなにだろう。僕はいつもここから考え始める。水の器の原風景を思うところから始まるのだ。何段にも積み重ねるための強度の要求もあり、ディスプレーされる風景もイメージして二つの案を発想している。
水はその器に従って形を決めるからボトルのデザインとは水に与える形を決めることである。水がどんな風情でそこに居たいのか、本当ならば「流れる水」が一番美しいのだがボトルのデザインはそうはいかない。流体のイメージはすでにロス・ラブグローブがデザインしているから避けなくてはならない。そうして生まれた二つの案は、建築的でまるで四本の柱のような案と凍った水のようにシャープな形の案の2案になった。

P_vittele-1 [P09]清水昭

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Vittel Project
1.5l Bottle for Mineral Water/1991/Collaborator : ARRK

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

クレジット

タイトル写真:清水昭

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