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角のあるペン |桜クレパスのボールペンとシャープペンシル 1986

人と道具との関係には面白い発見がある。人類は様々な道具を作り出し、発明してきたのだが、その殆どは人間がそれを持ったり操作したり着たり乗ったりして操作している。道具だから当然なのだが、道具は人ではないから異物である。異物だからそれに触れ操作しやすくためには大きな工夫が要求される。

コンピュータではキーボードに指先がそっと触れている。この感触はすごく大切だ、温度は?摩擦は? 僕たちは無意識で触れているのだが実は絶妙な感覚が要求されている。刀の柄は敵と対面しているとき強く握ってはいない。軽く柄に触れて手の平は適度な緊張感をもって力を抜いている。それが大切なのだ。攻撃の瞬間に柄をしっかり握り相手を切る。
大工の鉋も添える棟梁の手からは緊張はあるのだが握りしめてはいない。尖った鉋の四角い角は手の平に少しだけ食い込んで絶妙な力加減で木材の上を走らせる。レーシングカーの高速走行のように鉋の角を手の平で感じながら木材の変化に対応して瞬間的にそれをコントロールして走らせている。

道具と人の関係には適度な違和感が要求される。道具と人間がピッタリと一体性を持つことが正しいと思いがちなのだが、実は道具はあくまでも異物であり、人間が道具を道具として意識し続けてこそ操作できるのである。人間と人間との関係だってそうだろう。一体感が最高な関係なのかというとそうではない。どこか違和感があり、その違和感が好ましい人間関係をつくり上げる。要するに関係を調整して、お互いに刺激を与え合いもらい合って、いい関係が生まれるのだ。道具だって同じである。

レーシングカーは激しくゆすられるからドライビングシートは身体をしっかり括り付けて車と人の関係がずれないようにしているのだが、普通の自動車のシートでも仕事の椅子でもピッタリとした一体感は身体を疲れさせる。身体の血行にだって良くはない。レーシングカーであろうとも、椅子は身体と適度な不一致が必要なのだ。少しだけ尻をずらして力の掛け方を変えて運転している。道具はあくまでも人間にとって異物であり、操作することのできる道具と身体との小さな距離が必要なのだ。

サクラクレパスからボールペンやシャープペンシルのデザインを依頼された。手に持って絵を描き文字を書くための道具である。美しい文字や絵を書き描くためには柄のデザインが勝負である。筆にしろペンにしろ、手に持つとは人差し指と中指と親指の三点で持つ。この三点をコントロールして持つのだが、必ずしも固定してはいない。三点の間を遊ばせながらペンの軸を操るのだ。それゆえ、筆記具の柄は筆のように丸か、鉛筆のように六角になる。丸だとデスクの上で転がりやすいし、六角もいいのだが三角だっていい。僕の提案は丸の一部と三角の一部を組合せた形になった。この形はVITTELの水のボトルにも採用した形である。三角の60度の角度が集まって安定した集合体を作れるからでもあったのだが、今回はそうではない。指との関係である。

デザインはこうして、その物の働きを考えることだったり、美しさだったり使わないときの置き方だったり様々な視点から決定していく。僕は建築家なのだが、こうして人と物の関係を考察していくと手の平の小さいものの美しさから逃れられないでプロダクトの仕事がどんどん増えてきたなと思う。空間のデザインか物のデザインか、この二つの魅惑的な存在と僕はいつもかかわって生きてきた。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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