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杉の皿と皮膚感覚|有馬晋平さんのすぎこだまの編集

有馬晋平さんの作品を展覧会でみて魅せられてしまった。もう十年以上前のことである。「すぎこだま」と称して、杉を磨いて大きめの石ころのように、ちょうど手のひらに入る大きさの作品を展示していた。触れるとなんとも気持ちがいい。そこで僕は彼にお願いして大きなお皿をつくってもらったのである。ちょっとだけ凹みがあってそこに果物でも載せようと考えたのだ。彼とのコラボのこの作品は商品になって僕の会社で販売している。誰も彼も触れて感動して買いたいと考える。

皮膚はゼロ番目の脳だという。まだ進化の過程で脳が生まれる前に、生きものは皮膚だけはあったはずだし、皮膚で外界を感じて危険を避け獲物をキャッチしていたのだろうと想像できる。眼も鼻も耳も口も、なくても皮膚さえあれば生きていられただろう。そんなのっぺらぼーの皇帝の話を莊子が書いている。莊子の「混沌」という寓話なのだが、それはこんな話である。「中央に棲む『混沌』という名の皇帝は目鼻口のないのっぺらぼうだったのだが、その北と南に棲む二人の皇帝が、『混沌』に日頃の配慮のお礼をしようと相談をする。そして、七つの穴をプレゼントすることになった。七つの穴とは眼二つ、鼻二つ、口一つ、耳二つの穴なのだが、毎日一つずつ空けて、すべてが完成した瞬間に混沌は死んでしまう。混沌とは生命のことだと言いたいのだろうし、目鼻口耳が象徴する「知」は余分なものと言いたかったのだろう。混沌は皮膚だけですべてを感じ、生命を全うできると言っている。

アジア人は肌があれば世界は分かる。空気の動きを、光の有無を、季節から人の気配までも皮膚で感じて生きることができる。僕たち温暖湿潤な気候に恵まれたアジア人は肌が発達している。皮膚感覚で「気配」を感じ、大切なものに「気づき」、お互いに気配りして生きている。世界は見るものではなく、皮膚で感じるものなのだと思っているのだろう。ヨーロッパの人々が日本の「間」の美意識をなかなか理解しないのはこの「気」の感覚の欠如のせいなのだと想う。気が間をつくっている。そして、僕たちにはこの皮膚という感覚器官が特別発達しているから美意識に敏感なのだ。ちょっとした気温や風の変化に敏感に季節を感じるのだ。

人間はトーラスの形をしている。ドーナツのことである。真ん中に一本の穴が空いている。消化器官でありそれを第二の脳といっている。腸内に多数の細菌が棲んでいて人間の細胞と協同して免疫力を発揮したりしているのだという。脳など使わないで腸だけで判断していることが多いのだという。体中の細胞や器官が独自に生体のように挙動して、共鳴しあって生命活動をしているらしい。

ヨーロッパは夏に吹く季節風が砂漠から地中海を渡ってくる。乾燥した風である。アジアは湿度をもつ海の風がヒマラヤやチベット高原に当たり上昇して、地球の自転がつくる貿易風に乗って東に流されて日本に到達する。湿った空気がこの湿潤なアジアの夏の気候をつくるのだ。それが皮膚を豊かにする。僕はこの皮膚を原始脳といっているのだが、これが極度に発達して、日本の文化をつくったのだ。

「すぎこだま」は小玉であり木霊のことでもある。僕の皮膚感覚を魅了してしまったのだ。もちろん、そこには杉という植物の霊魂のようなものが棲んでもいる。
日本人は植物を特別大切にしている人間である。家は木材の構造体と茅の屋根と、畳は井草を編んでつくられている。明かり障子も襖も屏風も紙である。棟梁は森に生える樹木の霊をそのまま残して家の柱にしようとしている。生きているとき樹木が向いていた方向を守って柱を立てるのだ。「やまとことば」では「しぜん+自然」という言葉がなかったという。「もの」といい、霊魂を意味していた。その霊魂とは自然だったのである。「しぜん=自然」という言葉は19世紀になって日本に入ってきたのである。「じねん」をそれに当てただけだった。

木の中に無意識のまま、僕たちは畏怖に満ちた自然の感覚を感じているのだろう。肌でふれることでその自然を、命を受け止めているのだろう。その皮膚脳をコロナによって今、僕たちは奪われている。「三密を避けろ」というのは人間であることをやめろと言うに等しいのだ。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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