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四角い座と丸い背の椅子 |ファルファーラ 2000

遺伝子学者に言わせると人間の実体は遺伝子であって身体ではないという。身体は単に遺伝子の運搬船でしかないというのだ。福岡伸一さんは生命体は遺伝子(細胞)の群であって、摂取したタンパク質などは細胞に入って細胞の生死をつくりだしているという。生命とは細胞の流れの淀みだともいう。要するに、人間の実体は遺伝子であり、見えないのだが永々とホモサピエンスが生まれた時代から今日までつながっていて、人間の身体は見えるのだけれど、人間の実体ではなく幻想なのだと分かってきた。

僕の脳内には沢山の友達がいる。倉俣史朗も、伊住正和さんも、杉本貴志も、内田繁も・・・今、見たくても姿を見ることができない。死んでしまって実体がなくなったからである。でもその遺伝子は現存する。見えないけれどいちばん大切な遺伝子はつながっている。武藤重遠さんのことを思い出しているのだ。もう随分前から会っていない。それなのにあの表情は僕の脳裏に焼き付いている。

イタリアの家具を扱いはじめたという情報を得て青山通りに面していて、画館通りの向かって右の小さなビルの階段を上がって訪問した。階段を上がってすぐの小さい部屋にイタリア製の高級家具がひしめいていた。彼は家具を紹介しながらまるで友達を紹介するかのようだった。販売するために仕入れた筈なのだが手放す気はさらさらないかのように愛おしげに撫ぜている。こいつは家具が好きなんだ、惚れ込んでいる。売る気じゃないけど売らないと経営できない、そんな心境なのだとすぐ分かった。彼は本当に家具が好きだった。

これが武藤さんとの最初の出会いだったと思う。その前に会っているかもしれないけれど、本当の武藤さんとの初対面だったといっていいだろう。
この椅子を語るためにここから初めなくてはならない。彼は時々ふっと僕を訪ねてくる。お茶を飲むのだが、そんなふうにふっと仕事を依頼してくる。いつもちゃんと企画があっての依頼である。これこれこんな椅子がほしい、という依頼だ。そうでなければ一緒に考える。どんな家具にしようか・・・と。

家具は電化製品ほど短命ではないのだが、それでも新鮮なうちは売れても次第に売れなくなり、そろそろ廃版ですということになる。それなのにびっくりするほど長命な椅子がこのファルファーラだ。これを見るとその度に武藤さんを思い出す。

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FARFALLA - Cassina Ixc.

彼の企画は「気楽なラウンジのための椅子」というような依頼だった。僕は自由に位置を変えるまるで蝶々がひらひらと飛び交うような椅子をイメージした。ちょっと座って、話をしてまた立ち上がる、椅子は位置がずれるから乱れやすい。だから乱れても美しい椅子を探した。丸いものなら複数ならんでいて乱れても不快じゃない。四角いと角度が変わるから不快になる。揃えたくなる。でも丸ならいい。しかし、人間の身体は前後がはっきりしてむしろ四角い。四角い座と丸い背をもつ椅子という方向が見えてきた。

四角い座から丸い背へ沢山の直線でつなぐと、変形したパラポロイドシェルの形になる。建築の屋根などに用いる形態である。
この椅子が発売になってから何年になるだろう。武藤さんが残していってくれた遺伝子のような椅子である。僕には仕事だけではない僕たちの誰も知らない記憶がある。イタリアでサローネを抜け出してポルトフィーノを一緒に訪ねたことがある・・・。

脳にできる腫瘍で苦しみ、恐れながら死んでしまった友がこの椅子の背後にいつもいる。遺伝子はいまどこにいるだろう。僕の記憶は幻想の武藤さんなのだ。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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