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イライラ夫の妻(妄想物語)

朝の駅前の信号がない横断歩道
電車が来てしばらくの間はダラダラと人の横断が続く。

私が横断歩道を渡ろうとすると、止まっている車が、ジリッと出ては止まり、ジリっと出ては止まりを繰り返している。

早くいけって思っているんだろうな。
そう思って運転手の顔を見ると、60代位の男性が、大口を開けて怒った顔で何か叫んでいる。
行かせてやりたいけど、私1人止まったところで、周りの人は止まらずにどんどん歩いていくから、意味はない。

ふと見ると、隣に奥さんらしい女性が乗っている。
静かに座っている。
どう思ってるんだろうな…

そして私はまた、妄想の世界に突入していく。

妻は思っていた。
あーまた始まった。
イライラしたって、行けるわけじゃないのに。
時間には余裕を持って出てきてるんだから、ゆっくり待てばいいじゃない。
そもそもこの時間に、ここがなかなか進めないことくらいわかるんだから、待つのが嫌なら、少し遠回りしてでも他の道を行けばよかったじゃない。

しかし彼女は押し黙ったまま。
こうなってしまった夫に何を言っても、火に油を注ぐだけなのだ。

これじゃーいつまで経っても行けないじゃないか‼️
さっさと歩け!
おい、そこのお前、お前が止まれば行けるんだぞ!
また来やがった。
来るな! 止まれ!
夫は叫び続けている。

妻はこんな夫にうんざりしていた。
それでも、
はいはい、そうですね。
と相槌を打ったり、黙って聞いて、いや聞いているふりをしていた。

夫は気に入らないことがあると、すぐに怒り出す。
何故、何にそんなに怒っているのかわからない時もあり、困惑することもある。

家事も育児も全くせずに、土日はゴルフだ何だと出かけてばかり。
そして、妻にはいつも怒ってばかり。
そのくせ、風邪でもひこうものなら、重病人のように気弱になって、助けを求めてくる。
まるで子供のような人なのだ。

若い頃は、いつかこんな奴と別れてやる!

なんて思ってたけれど、浮気をするわけでもない、給料もちゃんと入れてくれるし、怒っても暴力を振るうわけでもない夫。
別れる理由もなく、ここまで来てしまった。

昨年退職した夫が毎日家にいるのは、正直苦痛なのだけど、こうして私の月一の病院の送迎もしてくれるし、今現在不自由ない暮らしができているのも、この夫がいるからなのだ。

そんなことを思っているうちに、横断歩道を渡る人の流れが止まり、車はようやく進み出した。
すると夫は何事もなかったように、車の運転を始めた。

やっと静かになった車内で、妻はホッと胸を撫で下ろした。

少し進むと、夫が言った。

この辺に美味しいラーメン屋があるんだってよ。
病院の帰りに寄ってみないか?

妻は、
うん、そうね。
美味しいラーメン食べたいわね。

そう答えた。

夫にもきっと不満はあるだろう。
我慢していることもあるだろう。
でもこうやって騙し騙し、
気持ちを譲り合って、
美味しいものを一緒に食べて、
助け合って、
私たちは一緒に年老いていくんだろうな…

妻は、そんなことを考えて、クスッと笑った。

何がおかしい‼️

夫が、ちょっと不足気な声で言った。

あなたと一緒に帰りに美味しいラーメン食べれるのが嬉しいのよ。

そうか。
夫は嬉しそうに、ニヤッとした。

ちょろいもんよ
妻は心の中でつぶやいた。

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