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シンデレラの秘密の石鹸

会社の洗面所で、雪乃は大きなため息をついた。
鏡に映る自分の顔は、もう40過ぎのおばさんに見えた。
30歳目前で、3年付き合っていた彼氏に振られ、あいつは若い女の子に乗り換えた。
その後5年間浮いた話は全くない。私の黄金期を返せ!
と言ったところで、もう戻ってはこない。

今日は会社でミスをした。
この前若い後輩がミスした時は、誰にでもミスはあるよ。
なんて優しく言っていた上司が、
私には、ちゃんと確認しないからだ!こんなミスをされては困る!
などと強い口調で言う。
若いっていいな。可愛いっていいな。
せめてもう少し私が美人だったらなあ…

雪乃の職場は、繁華街の外れにある。
帰りの電車に乗るためには、繁華街を突き抜けていくしかない。
カップルや、若者たち、会社帰りの社会人たちが、楽しそうにお喋りしながら、ネオンの中に吸い込まれていく。

雪乃は、そんな彼らを横目でみながら、速足で通り過ぎていく。
たまには一人、バーのカウンターで、かっこよく飲んでみたいな、
なんて思うけれど、思うだけでいつも家まで直行してしまう。

その日も、まっすぐ帰るつもりで、駅までの道を歩いていた。
いつもなら目にも留めない小さな路地。
そこに赤いニット帽をかぶったおばあさんが、小さなテーブルを出して座っていた。

人相 手相 などと書かれた紙が貼ってあるところを見ると、占いをする人らしい。
占いかあ・・・見てもらいたい気もするけれど、当たるのかな・・・

そんなことを思って、おばあさんを見ると、
そのおばあさんと目が合った。

おばあさんは、小さく手招きした。
吸い込まれるようにおばあさんの前に行くと、おばあさんは、
綺麗になりたいかね?
と尋ねた。
あ、あの・・・私占いするとは言ってませんけど・・・
しかしおばあさんは雪乃の言葉が聞こえないかのように、もう一度
綺麗になりたいかね?
と聞いてきた。
そりゃ、なりたいですけど。
このせっけんを使うと、きれいになれますよ。
使ってから6時間の間だけどね。
まさか・・・笑って立ち去ろうとすると、
お試しで30分だけきれいになる試供品をさしあげますよ、
という。
信じたわけではなかったけれど、タダならもらってみることにした。

雪乃は帰宅すると、部屋着に着替え洗面所で化粧を落とした。
そしてふと、今日もらった石鹸を使ってみようかと思い、顔を洗ってみた。

タオルで顔を拭いて、鏡を見て、雪乃は仰天した。
そこには、雪乃と似てはいるが、普段の雪乃とは全く違う美しい女性の顔があった。
嘘でしょう?
そういう自分の顔が、美しく微笑んでいた。

雪乃は、翌日の仕事帰りに、赤いニット帽のおばあさんを探した。
おばあさんは、昨日と同じ場所に座っていた。
雪乃はおばあさんに駆け寄り、昨日の石鹸ください!と言った。
おばあさんはゆっくりと顔を上げると、
1個10,000円ですと言った。
高っ!!
どれくらいもちますか?
使い方次第ですが、1日1回なら半年以上はもちますよ。
痛い出費だとは思ったが、もう雪乃は、その石鹸が欲しい気持ちでいっぱいだったので、
買います!と叫ぶように言った。

ただし、守らなければいけないことがあります。
おばあさんは言った。
それは

1日に2回までしか使わないこと。
寝る前は必ず化粧を落として、他の洗顔石鹸で綺麗に顔を洗って、しっかり保湿すること。
7時間以上寝て、顔を休めること。

それくらいなら簡単だわ。雪乃は思った。

翌朝、雪乃はその石鹸で顔を洗った。
自分の顔に、数分うっとりしてから、化粧を始めた。
いつも適当に手早くする化粧だったが、アイラインやアイブロウ、アイシャドウやリップ、丁寧にその輪郭をなぞっていくと、美しい顔がさらに引き立つようだった。

この顔にいつもの洋服は似合わない。
雪乃は、お出かけ着をクローゼットの奥から出してきて袖を通した。
髪も、ヘアアイロンできれいに伸ばしてみた。

雪乃は、世界中の人に挨拶して回りたいような、
世界中の人に優しくしたいような、
世界中の人に微笑みたいような、
幸せな気分だった。

職場について、おはようございます!というと、
みんなが雪乃をみて、驚いた顔をした。

雰囲気違うね、化粧変えたの?
なにかいいことがあったの?
などと聞いてくる同僚もいる。

石鹸で美しくなったのよ、とも言えず、
そう?ちょっとお化粧変えてみたのよ。
なんてごまかした。

仕事は、やる気が出てきて、どんどんはかどるし、みんなの態度も優しい気がする。
わからないことを聞いても、親切に教えてくれる。

美人になると、みんなこんなに優しくなるのね、
と思うと、やはりこのせっけんを買ってよかったとつくづく思うのだった。

しかし石鹸の効果は6時間。
仕事終わりまではもたない。
雪乃は、6時間経つ前に、こっそりお手洗いに行って、もう一度顔を洗った。
化粧をし直さないといけなかったけれど、鏡に映る自分の美しい顔をみると、そんな手間など、たいしたことではないように感じた。

こうして雪乃は、毎日その石鹸を使うようになった。
仕事に着ていく服も、今までの服は全部捨てて、美しい顔に合う服を買って着るようになった。

こうして雪乃は、自信に満ちた笑顔で、精力的に仕事をこなすようになった。
厳しかった上司も優しく声をかけてくれるようになり、職場のみんなともよく話すようになった。

そんなある日、同じの部署の石野に、告白された。
雪乃は、はじめての告白に、心が踊った。

しかし彼は真面目で誠実で、いい人なのは知っているけれど、見た目は今一歩だった。
今の私なら、もっといい男性がいるはず!

それに、隣の営業の佐久間が気になっていた。

佐久間は、仕事ができて、オシャレで、優しい。トークも面白くて女性社員に人気だ。
入社当時は目立たない男だと思っていたが、営業成績が伸びるに連れ、性格も活発で明るくなり、今は女性社員の憧れの的だ。

今の私には、石野より佐久間の方が似合っている。
そう思った雪乃は、好きな人がいるのでごめんなさい、と石野に告げた。

そんなある日、帰社するタイミングでちょうど佐久間と同じになった。
雪乃は、よかったら軽く飲んでいきませんか?と声をかけた。
昔の雪乃には絶対できないことだったけれど、今の雪乃は自信に満ちていた。

1時間くらいなら…
佐久間が言った。
私もそれくらいの方が助かります。
そう言って二人で立ち飲み屋に行った。

佐久間と雪乃は、非常に話が合った。
雪乃は前向きで明るい佐久間にすっかり夢中になり、佐久間もイキイキしてハキハキと話す雪乃に魅力を感じた。
こうして二人は、時おり1時間ほどの立ち飲み屋の時間を、共に楽しむようになった。

そのうちに、雪乃はもっと長く佐久間と一緒にいたいと思うようになった。
でも、そのためには、石鹸を1日に三度使わなければならない。
三度使ったら、どうなるのだろう…

ある日雪乃は佐久間に、たまにはもう少し長くお会いできませんか?
と言ってみた。
佐久間は少し困った顔をした。

もしかして佐久間には、家で待っている人がいるのではないか…
雪乃は不安になった。

しかししばらく考えてから、佐久間は今度の日曜日なら…と言った。
日曜日は雪乃たちの会社は休みだ。

休みの日にあってくれるの⁈
雪乃はすっかり嬉しくなった。
佐久間は午前中は用事があるという。

こちらとしても、午後からなら、二度の洗顔でなんとか夜まで行ける。

こうして二人は1時に待ち合わせて、映画を見て、公園を散歩したりして、はじめてのデートを楽しんだ。
少し早い夕食の後、お手洗いに行ってきますと言って、顔を洗って化粧をし直した。

この後はどうするんだろう…
鏡に映った顔が少し赤らんでいる。

もしもホテルに誘われたら…

雪乃はドキドキしながら、佐久間の元に戻った。
佐久間は、二次会に行こうと言って、お洒落なバーに連れて行ってくれた。

いい雰囲気。
雪乃は、すっかりいい気持ちになって、つい飲み過ぎてしまった。
ふと目が覚めると、時計は11時を回っていた。

まずい!あと30分で、石鹸の効果が切れる。
雪乃は慌てた。
ふとみると、横で佐久間は寝ていた。

あー二人して何やってんだか…
佐久間を起こそうとするが起きない。

このままでは、元の私に戻ってしまう。
しかもこれ以上遅くまでいると、明日は仕事だから6時間寝られなくなってしまう。

私は、仕方なく
「先に帰ります」
とメモを置いて帰った。

翌日仕事に行って、佐久間に先に帰ったことを謝ろうと思ったが、佐久間は休みだという。

雪乃は不安になった。
体調悪くなったのかな…
私、置いてきてしまって、やっぱりまずかったよな…
どうしよう…

しかし、ラインをしてみると、体調不良で、休みをとったとのことだった。

雪乃は夕方、職場の人に、佐久間のアパートを聞いて、お見舞いに行くことにした。
ピンポーン
呼び鈴はなるが、誰も出てこない。

寝てるのかな…
そう思って帰ろうとすると、前から佐久間らしき男性がコンビニ袋を下げて帰ってくる。
声をかけようとした雪乃は唖然とした。

佐久間が、まるで別人のようにやつれて、老けた感じだったのだ。

佐久間さん、どうしました?大丈夫ですか?

声をかけられて驚いた佐久間は、咄嗟に顔を隠した。
そして、帰ってくれ!
と怒鳴った。
そして今日の事は絶対に人に言うなよ!と言った。

雪乃は、その変わりようと剣幕に驚いて、逃げるように帰った。

佐久間さん、オフの時は、あんな感じなのかな?
それとも体調悪かったからかな…
でも、今日のことって何?
もしかして、体調不良だって言って仕事サボって、コンビニ行ってたってこと?
そんなこと、言う訳ないのに。
いや、ホントに体調悪そうだったし。

その翌日から、佐久間は雪乃によそよそしくなった。
雪乃もなんとなく、佐久間から離れて行った。

雪乃の石鹸は、毎日二度使っていたために、3ヶ月で無くなりそうだった。
そういえば、あれからお婆さんを見かけない。
もしもう会えなかったらどうしよう…不安になりながら、あの路地に行くと、赤いニット帽のお婆さんは、当たり前のようにそこにいた。

おばあさんは、まだ必要かね?と聞いた。
雪乃は、もちろんです!
そう言ってまた1万円払って石鹸を買った。

それから数日たったある日曜日。
雪乃は、今日は、どこにも出かけないから、石鹸は使わなくていいや、と思っていた。

しかし、牛乳が切れてしまったので、コンビニに行くくらいならいいかな?
とコンビニに出かけた。

坂元!
そう呼ばれて雪乃が振り返ると、そこには石野がいた。
雪乃は、今日は石鹸を使っていないし、日焼け止めにリップくらいしかしていない、美人ではない自分を見られ、慌てた。

ところが、石野は全く普段と変わらずに、にこやかに笑いかけた。
薄化粧もいいね。

え?
私今ブスでしょう?

石野はキョトンとして、
え?
化粧は違うけどいつもの坂元じゃん、と言う。

訳がわからなかった。
今の私は、普段とは別人のブスなはず。
コンビニの窓に映る私の顔は、昔のブスの顔だ。

そうか、石野は私のこと好きだから、そんなふうに言うのかも
私は、今日会ったこと誰にも言わないでね。
そう言って逃げるように家に帰った。

家に帰って、鏡を見たが、どう見ても顔を洗っていない顔だ。
でも、確かに昔ほどじゃない。
いや、よく見ると、石鹸を使った顔に近づいてる気もしないでもない。

でもやっぱり違うよね。
私はふと、先日職場で撮った写真を見た。
そして驚いた。

これ、美人の私じゃないじゃん‼️

写真では、ブスな私が綺麗にメイクして、明るく笑っていた。
写真撮った時に見た時は確かに美人な私が写っていたはず。

だけど、その顔はイキイキして、少なくとも以前の雪乃ではなかった。

まさかね、まさか…

翌日雪乃は、同期の友人にこう訪ねてみた。
私少し前に顔整形したんだけど、気づいた?

すると友人は

え?そうなの?
全然気づかなかった。
でも、化粧も表情も変わって、肌もなんか綺麗になったし、服装もオシャレになったし、
何より明るくなったから、恋でもしてるのかなーって思ってたんだ。

そして雪乃は気づいた。
あの石鹸は、本当に美人になるんじゃなくて、
自分が美人に見えるようになる石鹸だったんだ。

考えてみたら、昔は、化粧したまま寝たり、夜更かしして遅くまで、スマホやパソコン見てたりしてたけど、石鹸使うようになってから、ちゃんと化粧落として、綺麗に顔洗って保湿して、睡眠もちゃんととってたし、それって肌にいいことしなさいってことだったんだ。

仕事の途中で化粧直しなんてしなかったわたしが、途中で顔を洗ってお化粧し直してたし、
何より自分に自信を持てたことにより、明るく笑顔でいることができた。

おばあさんの、まだ必要ね?とは、そう言うことだったのか…

雪乃は、あの赤いニット帽を被ったおばあさんに確かめに行こうと、あの路地に向かった。
するとその時、そのお婆さんの前で石鹸を買っている佐久間を目撃した。

あ…

そして私は、あの時に言った彼の言葉を理解した。
彼は石鹸を使っていない自分を見られたことがショックだったんだ。

彼に伝えようか…
いや、おそらく自分で気づかなければいけないのだろう。
私はそのまま、何も言わずに引き返した。

その翌日、まだ残っていた石鹸を使った。
しかし、もう顔は変わらなかった。

その変わらない私に、丁寧に化粧をして、ニッと笑った。
そして、今日も元気にがんばろー‼️

そう言って雪乃は、元気に仕事に向かった。


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