【創作大賞2024】ボクんちの笑うお面 第5話
5 ボクだってモテたいんだ
「タカシくんって、足が速くて背が高いし、面白くて、ステキだよね。」
みほちゃんとかおりちゃんが、隣で話をしているのを、ボクは絵を描いていて、聞いていないふりをしながら、聞き耳を立てた。
「私、足が速い人がかっこいいと思うなあ。」
と、かおりちゃんが言った。
ボクは、がっかりした。
だってボクは、かけっこでも、マラソン大会でも、真ん中くらい。
けして速いとは言えない。
足早くなるにはどうしたらいいんだろう…
家に帰って、お母さんに聞くと、
「誠は私に似たのかもね。お母さん、走るのあんまり得意じゃないのよ。
お父さんは、結構速いんだけどね。」
と言った。
なんでお父さんに似なかったんだ!
誠は、泣きたい気持ちになった。
その時、又あの、緑色の顔のおじいさんのお面が、ボクにしか聞こえない声で
ケッケッケッケッ
と笑った。
「いくらお面でも、ボクの足を速くしてはくれないよな。」
そうつぶやくと、お面がカタカタ揺れた。
今度はどんな景色を見れるんだろう・・・
ボクはワクワクした気持ちで、お面に触れた。
今日もお面はパカっと黒い板から外れた。
ボクはいつものように、お面を顔に当てると、お面はボクの顔にピタッとくっつき、ボクは青空の下にいた。
古い学校の校庭にいるようだ。
ようい、ドン!
え?
いきなりボクは走り出す。
なんなんだ⁈
よくわからないけど、必死で走る。
しかし右の子も左の子も、どんどんボクを抜かしていく。
ボクは6人中4位でゴールした。
こうちゃん、遅いよ。
1位でゴールした丸刈りの男の子が言う。
ボクは、今回もやはり、こうちゃんのようだった。
ボク=こうちゃんは、笑っていた。
笑っていたけど、心の中は、すごく悔しいのがわかった。
ボクは、家に帰ると、その日から走り出した。
ずっとずっと走り続けた。
いや実際には毎日毎日だったのかも知れない。
走っているうちに、着ている洋服も、周りの風景も変わっていることからして、ただ毎日走っている時間だけを切り取って繋ぎ合わせたような感じだった。
金色の草原のような、稲穂が垂れる田んぼの脇を走ったかと思えば、
刈り取られた稲が、竿にずらっと並べられた景色に変わり、
赤い柿の実がなっている柿の木や、赤や黄色に色づく木々を抜けて走っていたかと思えば、
凍りつくような、かざはなが舞う寒さの中だったり、
雪が溶けて、ふきのとうが顔を出す土手だったり、
れんげでピンク色に染まった田んぼだったり、
満開の桜が咲く大きな木の下を通り、
急に降り出した雨の中、紫陽花を眺めながら走ったり
夏の早朝、ラジオ体操のカードを首から下げたまま走ったり、
梨がたくさんなっている梨畑の横を走ったり
走っているうちに、すごく体が軽くなっているのを感じた。
ヒッヒッフッフッ
ヒッヒッフッフッ
タッタッタッタッ
タッタッタッタッ
規則的な呼吸と足音が、心地いい。
そして再びボクは、スタートラインに立った。
ようい、ドン‼︎
ボクは走った。
風を感じる
そして、白いテープを切った。
やったあ!
そう思った時、お面がパカッと外れた。
本当はボクだって、どこかでわかっていた。
たくさん走らなくちゃ、努力しなくちゃ速くなれない。
でも、やりたくなかっただけ。
だけど、ボク
いや、こうちゃんは、一人で走り続けた。ボクにもできるはずだ。
だってぼくは、こうちゃんなんだから…
「おかあさん、ボク、翌日から朝早く起きて走るからね。」
ボクが言うと、お母さんは
「あら、ほんと?」
と驚いたような声を上げた。
ボクは翌日早く起きて走った。
でも、あの時のように、気持ち良く走れない。
すぐ疲れたし、すぐに足が重くなった。
それでも次の日も走った。
その次の日、疲れが溜まってきた。
起きたくない、寝ていたい。
ボクは、目覚まし時計を止めてから布団にもぐりこんだ。
その時だった。
耳元で大音量の
ケッケッケッケッ
という笑い声が響いた。
うわー
ボクはびっくりして飛び起きた。
こうして、サボりたくなると、お面の笑い声に起こされ、ボクは毎日走るようになった。
そして、半年後
校内のマラソン大会が行われた。
ボクは、あんまり自信はなかったけれど、去年よりは走れる気がした。
しかし現実は甘くない。
始め威勢よく走っていた僕は、半分も行かないうちに、疲れてどんどん順位が落ちていった。
その時、
頑張れ!
どこかで聞いた声。
こうちゃん?
ふと横を見ると、
えええー?
僕の横を走る子の顔にお面がくっついている。
「呼吸を整えて!
テンポ良く!
大丈夫、まだ走れるよ!」
それは隣のクラスの青島君だったが、こうちゃんの声だった。
その後すぐにお面は消えて、青島君は、何事もなかったかのように、知らぬ顔で僕を抜いていった。
次に又ボクの横に並んだのは、ナオト君だったが、またもやナオト君の顔にお面。
「しっかり手を振って!
下を見ないで、景色を楽しんで!
大丈夫、頑張れ!」
と、こうちゃんの声で言う。
そして、ナオト君のお面は消えると、ナオト君も、その後無言でボクを抜き去っていった。
ボクは、
スッスッハッハッ
スッスッハッハッ
と呼吸を整えて、手を振って走り出した。
気付くと、あの日お面の中でみた風景が流れていく
金色の田んぼ
紅葉の森
小雪が舞う原っぱ
ピンクのれんげ畑
ボクは、身体が軽くなった気がして、ずんずん進んだ。
一人抜き 二人抜き どんどん走っていく。
何人抜いただろう?
その時、ゴールが見えた。
ボクの前には、思ったより人はいない。
ボクは懸命に手を振って走った。
一位にはなれなかったけど、10位になった。
去年まで、3~40番だったことを考えると、すごい快挙だ。
教室に戻るとかおりちゃんが、
「誠君、早かったね〜。」
と声をかけてきた。
僕はついニヤニヤしてしまう顔を必死で隠して、
「来年は8位入賞目指すよ!」
と得意げに言った。
家に帰ると、ボクはお面に向かって
「ありがとう! 明日からも走るよ。」
と言った。
ケッケッケッケッ
お面は嬉しそうに、ボクだけにしか聞こえない声で笑った。
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