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珈琲とパンと妖精と
珈琲とパンだけの朝食と言えば、簡単な朝ご飯と思うかもしれないが、僕はその朝ご飯に1時間近い時間を要する。
僕の朝は、その気分によって豆を選んでブレンドし、それをミルで丁寧に轢くことから始まる。
水は珈琲のために取り寄せた天然の軟水の水を使用している。
そして時間をかけて香りを楽しみながらゆっくりと珈琲を淹れる。
珈琲の香りが部屋に漂うと、お気に入りのパン屋のクロワッサンをオーブントースターで軽く焼く。
前日に買ったパンでも、焼くことによって焼きたての香りを楽しむことができた。
珈琲の良い香りとパンが焼ける香りがミックスして、僕の胃が目覚め、僕をまたゆっくりと時間をかけて香りと朝食を楽しむ。
少し前まで、ここには二つのカップがあった。
珈琲の匂いで目覚めた彼女は、眠い目をこすりながらテーブルにつく。
こんな風に珈琲のいい香りとパンの焼ける臭いで目覚めるのは最高に幸せだわ
彼女はそう言っていたのに・・・。
彼女は僕のお気に入りのパン屋でバイトをしていた女の子だった。
パンの好みの話で盛り上がり、おいしい喫茶店巡りをしているうちに付き合うようになった。
しかしそんな彼女も今はいない。
あまりにも突然、彼女は出て行った。
彼女はいなくなって僕の調合する珈琲はちょっぴり苦味が強くなったような気がする。
彼女は僕と別れてからパン屋さんのアルバイトを辞めたけれど、僕は相変わらずそのパン屋さんに通った。
そんなある朝、僕がいつものように珈琲を淹れて、トースターから焼けたパンを運んできて椅子に座った時、コーヒーカップの縁に何かがいることに気づいた。
それは小さな小さな女の子だった。
僕は思わず目をこすった。
コップのフチ子さん???
その女の子は唐突にしゃべりだした。
最近珈琲の香りがちょっと苦いわね。私はもっと甘い香りの珈琲の方が好きだなあ。
不思議に思いながらも僕は言った。
君も珈琲が好きなのかい?
大好き! この珈琲の匂いにつられて出て来ちゃったんですもの。
君も珈琲飲むかい?
私は臭いだけで充分よ。でもいつかその珈琲の上に小さな船を浮かべて、その上で昼寝をしてみたいわ。
そっか、じゃあいつか、君のために珈琲のプールを作ってあげるよ。
僕が言うと、女の子は、
やったあ!と嬉しそうに言って浮き上がった。
よく見ると、女の子の背中に小さな透明の羽根がついている。
驚く僕に微笑んで、そのまま女の子は飛び去って行った。
それ以降、女の子は毎朝僕の食卓に出てくるようになった。
僕が小さなパンのかけらあげると女の子は喜んでそのパンを食べた。
ある日僕は、女の子に
一緒に写真を撮ろう!
と言った。
女の子は、
どうせ、映らないわよ、
と言った。
それでもいいさ
僕は、女の子が座っているカップを手に自撮りした。
その写真は、単に僕がカップを持って珈琲を飲もうとしているように見えた。
しかし、よく見るとそのカップの縁にうっすらと丸い光が映っていた。
ある日僕は、女の子に、彼女がどうしていなくなったのかわからない、という話をした。
すると女の子は言った。
彼女は本当は紅茶が好きだったのよ。
でも、あなたが珈琲が大好きだから、あなたに合わせて珈琲を好きになろうと努力していたのよ。
どうしてわかるの?
僕が驚いて尋ねると
あなたと彼女を見てきたから・・・
と言う。
それならそうと、彼女も言ってくれたらよかったのに。
それだけで、出て行ってしまうなんて・・・
彼女はあなたを好きすぎたのよ。
すべてをあなたに合わそうとして無理してしまって、最後には疲れてしまったみたい。
そう言われて、僕は何でも自分が思うようにやっていて、彼女の気持ちをちゃんと聞いたことがなかったことに気が付いた。
キミは紅茶のことを知っている?
知ってるわ!彼女のことずっと見てきたもの・・・
僕は、女の子から紅茶のことを学んだ。
紅茶の種類も、おいしい入れ方も知らなかったけれど、
珈琲で培った鼻の良さを紅茶にもいかすことができ、紅茶の奥深さを知った。
紅茶もいいもんだな。
しかし、彼女はもういない。
しばらくして、女の子が
隣町においしいパン屋さんができたらしいの。
そこのパンが食べたいわ!
というので、僕はそのパン屋に行ってみた。
すると、そこでパンを焼いていたのは、彼女だった。
僕は、彼女が仕事の後、少し時間を欲しいとお願いした。
そして僕は、紅茶がおいしい喫茶店に彼女を連れて行った。
驚く彼女に僕は誤った。
ごめん、もっと君のことを知ろうとするべきだった。
戻ってきてほしい・・・
私も、自分の思っていることを、ちゃんと伝えるべきだったわ、ごめんなさい。
こうして僕と彼女は、再び一緒に生活するようになった。
それからは
朝ごはんは、月水金は僕が淹れた珈琲
火木土は彼女が淹れた紅茶
日曜日は各自で好きなように・・・
なんていうルールを作り、お互いに相手の気持ちや考え、希望をよく聞くよう努めた。
僕と彼女はまもなく結婚をする。
彼女が戻ってきて以来、女の子は姿を見せなくなった。
あれは幻だったのだろうか?
結婚式の準備で、彼女の昔の写真を探していたところ、そこにあの女の子とそっくりな少女が映っていた。
それは彼女の亡くなった妹だった。
そうだったのか・・・
結婚式が済んで落ち着いた頃
僕は、大きなどんぶりに甘い香りの珈琲をたっぷり入れて、女の子が乗れるくらいの大きめの葉っぱを浮かべた。
君は現れないだけで、きっとずっとそばにいるんだよね。
ここでゆっくり昼寝をしておくれ。
それから僕は、うっすら丸い光が入ったカップを持つ僕の写真を、僕らの結婚式の写真の横に並べた。
どんぶりに浮かべた葉っぱが、小さく揺れて、ほんの少し沈んだ。
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