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リュックに鈴をつけたおじさん(妄想物語)

仕事終わり、駅へと向かう道。
どこからか鈴の音が聞こえる…
サンタさんですか?

みると少し前に、サンタさん ではない普通のおじさんがいた。
彼はリュックサックの真後ろに鈴を2個つけていた。2〜3センチの銀色の普通の鈴だ。

たまに財布に小さい鈴をつけている人はいるけれど、リュックに、しかもあんな大きな鈴を、2個もつけている人を初めてみた。

このおじさんは歩くのが早く、どんどん私との距離は広がったけれど、鈴の音はずいぶん離れても聞こえた。

その鈴の音を聞きなから、私はまた、妄想の世界に突入した。

彼は猫に違いない。
いや、前世が猫だったのだ。

彼は前世で、飼い主さんにとても大事に育てられていた。
いつでもすぐに見つかるように、首には大きな鈴を2個つけていた。

しかし、ある時大きな災害があり、彼は飼い主さんと離れ離れになった。

飼い主さんはご高齢で足が悪かった。どこかで動けなくなっているのでは?と必死で探した。
しかし、自分自身も傷を負っていた彼は、飼い主さんに会えぬまま息を引き取った。

そして人間となって生まれ変わった彼は、元の飼い主さんを必死で探した。
生まれ変わった先は、あの頃と風景が変わっていて、元住んでいた場所がどこなのかさっぱりわからない。
彼は、あちこちを歩き回って、ずっと飼い主さんを探し続けた。
いつのまにか、すごく早足になっていた。

しかし、見つからぬまま、彼は間も無く50歳になろうとしていた。
彼は知らなかったが、猫だった自分が死んでから生まれ変わるまでに、すでに30年以上経っていた。
飼い主さんがあの時に無事に逃げ出せたとしても、あの時から80年近く経っているのだから、高齢だったお婆さんが生きているとは思えないのだが、彼は当時のお婆さんの姿を探していた。


とはいえ、最近は流石に諦めかけている。
人間の生活に馴染んできた。
彼は結婚して、娘も二人いた。
今の生活が大事だ。

ある時彼は、家の引き出しに鈴が2個しまってあったのを見つけて、妻に尋ねた。

この鈴どうしたんだ?
もう忘れたけど、前からそこに入ってたのよ。
それならもらっていいかい?
いいけど…

彼は妻の、何か言いたげな視線には気付かない。

彼は再び昔を思い出した。
その鈴は、自分が昔つけていた鈴とそっくりだったのだ。
この鈴をつけていたら、飼い主さんが自分を見つけてくれるかも知らない。

いやー50歳のおじさんを見て、うちの猫だ、なんて言う人はいないだろうけど

翌朝、リュックに鈴をつけた夫を見て
そこにつけるの?
と妻は笑った。

娘は、やめてよ!と冷ややかに言った。

それでも彼は、気にしない。
歩くたびに響く鈴の音が懐かしく、仕事帰りの疲れも吹っ飛ぶ。

一方妻は、家からずいぶん離れたとこらから、鈴の音が聞こえてくるので、帰宅前に夫の帰りに気付くことができた。

夫が玄関の前に着く頃には、玄関を開けて出迎えた。

妻はふふっと笑った。
懐かしいな
鈴の音が近づいてきたら、小さな木のドアを開けて、家に入れてあげていたわね。

妻は、引き出しに入れておいた鈴を夫が見つけ、身につけた時に確信していた。
自分の夫が、あの日離れ離れになって見つからなかった愛猫だと。

そういえば、まだ若いのに少々てっぺんが薄くなって来て、白髪が混じって来た彼の頭は、亡き愛猫の頭の模様に似ているわ

しかし彼は、探している人がこんなにも身近にいる事に気付かずに、今日も鈴を鳴らして歩きながら、飼い主さんを探している。

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