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どうしてもエレベーター(妄想物語)

ある朝、電車から降りて階段に向かう時、前からすごい勢いで来た女性とぶつかりそうになった。

人々の流れとは逆方向。
え?
と思ったら、私の後方にエレベーターの乗り場があった。

いや、そっちからなら階段降りても変わらんだろ。
小走りでくるくらいだから、階段を降りるのが困難というわけではなさそうだ。
振り向いた先のエレベーターは、今にも閉まりそうだった。

このエレベーターに乗れず次を待ったら、完全に階段降りるより遅くなるから、急いでいた?

それじゃ面白くない。
私は又、妄想を楽しむことにした。

彼女は恋をしていた。
家には夫も子供もいる。
通勤時間だけの、秘めた片思いだ。

彼との出会いは半年前。
片足を引きずった彼が電車に乗ってきた時に、座っていた彼女は、彼に席を譲った。
彼は大丈夫ですよ、と笑顔で言ったけれど、
でも…
と彼女が困っているのを見て、
せっかく譲っていただいたので、ありがたく座らせていただきます。
と、爽やかな笑顔を見せた。

その笑顔に惹かれただけでなく、その後彼がカバンから出して読み始めた本を見て、
さらに彼に興味を持った。
それは、東野圭吾の
ダイニングアイ
だった。
あのシーンの視線が、脳裏に蘇る。
その本お好きなんですか?
私も好きです。
心の中で彼に語りかけるけれど、言葉にならない。

駅に着いた時、彼は彼女に軽く会釈して、電車を降りた。
同じ駅で彼女もおり、彼の行方を追った。
彼は階段ではなくエレベーターに向かった。
つられるように、彼女もエレベーターに乗った。

翌日も、同じ車両に乗り、そのまま一緒のエレベーターに乗ったけれど、もう彼は彼女のことなど覚えていない様子だった。
それでも彼女は、それから毎日彼と同じ車両に乗り、彼を見つめた。
そのうち彼はダイニングアイを読み終わったらしく、流星の絆を読み始めた。

これも又、彼女が好きな東野圭吾作品だった。
それもいいですよね〜
わたし、ドラマも見ました。
なんて、又心の中で語りかける。

毎日同じ車両に乗り、同じエレベーターで降りるのに、彼の目には全く彼女が映っていないようだった。

この日彼女は寝坊して、電車ギリギリで近くのドアから飛び乗った。
いつも彼が乗る、エレベーター前に止まる車両からは少し離れている。

彼女は電車を降りると、エレベーターに走った。
乗れるかな?
もういっぱい人が乗っている。
エレベーターのいちばん手前に彼の姿がチラッと見えた。

階段に向かう人の群れに逆らって進むため、いろんな人とぶつかりそうになる。
待って!

彼女がエレベーター前に着いた時、もうエレベーターは満員のようだった。
ダメだったか…
そう思った時、必死の形相でエレベーターに向かってきた彼女に気付いたのか、彼がエレベーターから降りて言った。
お急ぎなら、お先にどうぞ、
私は急がないので。

あ、いえ…
大丈夫です。

そんな二人を置いて、エレベーターのドアは閉まった。

すみません。
彼女が謝ると、彼は爽やかに
いえいえ、以前席譲って頂きましたし…
(覚えていたのね!)
いつも一緒の電車ですよね。
と言った。

彼女は、嬉しくて叫び出したいくらいだったけれど、言葉が続かない。
下手に読んでいた本の話なんてしたら、毎日見ていたことがバレてしまう。

結局そのまま沈黙になってしまった。

次のエレベーターを待つ間、彼がスマホを見た。
その待受には、幼い子供の写真。
思わずお子さんですか?
と聞くと、
はい、明日で3歳になるんです。
彼は、デレデレの笑顔で答えた。

かわいいですね。
本当に可愛かったのだけれど、どこか感情がこもらないような言い方になってしまった。

そうだよな。
うん、既婚者だよな。

いや、自分も既婚者だろ
そう自分に突っ込んで、笑えてきた。

ただの目の保養。
朝だけの、私の楽しみ。
そう思いながら、ちょっと失恋したような気持ちになっている自分を笑い飛ばして、会社に向かった。

近頃お腹に肉もついてきたし、明日からは階段にしよう。


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