【満月ガスとバス】
そのダム湖は山奥の深い谷間に作られていた。
そこは満月の日には必ず深い霧が立ち込めるそうで、
人々はそれを満月ガスと呼んでいた。
芳郎は以前昼間にそのダム湖を訪れたことがあった。
道の先は湖の中へと続き、湖の手前には、錆びたバス停の看板がある。
昔この底に小さな村があった痕跡がしっかり残っていた。
ふとみると、道路脇に小さなお地蔵さんがあった。
芳郎は、物悲しい気持ちになり、近くに咲いていた花をお地蔵さんに手向け、手を合わせた。
その時友人から、満月の夜ダム湖の上を滑るように走るバスがいると聞いた。
ただ、満月ガスが深くその夜にダム湖に近づけた人はいないという。
しかし芳郎はある日、気がつくと1人でそのダム湖にいた。
空には大きな満月が輝いていた。
しかしにわかに霧が立ち込め、辺りが真っ白になった時、二つのライトが近づいてきた。
それは、バスだった。
これが湖の上を走るバスなのか?
古びたバス停の前でバスは止まり、ドアが開いた。
霧の中誰かが乗っていくようだった。
芳郎も、つられるようにバスに乗った。
その時にわかに満月ガスが晴れた。
湖には大きな丸い月が、キラキラと写っている。
本日のバスは運休です。
とアナウンスが聞こえた。
芳郎はバスを降りた。
バス停脇のお地蔵様がにっこり笑った気がした。
突如体がふわっとしたと思ったら、芳郎は病院のベットにいた。
パパ! 娘が顔を覗き込んでいた。
妻が、良かった…と涙を流していた。
芳郎は、突然突っ込んできた車に轢かれ、生死を彷徨っていたのだった。
あのバスが運行していたら、きっと戻ってこれなかったんだろうな。
あのお地蔵さんが助けてくれたのだろう
芳郎は、心の中で手を合わせた。
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