南部鉄風鈴の記憶
風鈴といえば、思い出す、おじいちゃんの家の縁側。
南部鉄の風鈴は、優しく、涼やかで、風鈴の中に響く感じが、とても上品な音だった。
ガラスの風鈴、竹の風鈴、陶器の風鈴、金属の風鈴、いろんな風鈴があり、どれも夏を感じる涼やかな音色ではあるのだけど、里子はやっぱり、南部鉄の風鈴が1番好きだった。
南部鉄の風鈴は、おじいちゃんの家の土塀の土臭い匂いと、蚊取り線香の匂いの中、かぶりついた真っ赤な赤いスイカや、白いカヤに潜り込むゾクゾクワクワクした気持ちも思い出させた。
カヤにカブトムシが飛んできたのをみて大興奮したり、大きな蛾に怯えたり、眠るまで優しくうちわで仰いでくれたおばあちゃんの姿。
薪で炊いた五右衛門風呂や、夜怖くて行けなかった外にある便所。井戸の上に取り付けられた滑車からのびる縄に付けられた釣瓶桶(水を汲み上げる容器)で水を汲み上げていたおじいちゃんの姿。
まるで秘密の宝箱のような、キラキラした記憶たち。
おじいちゃんおばあちゃんは、もうずいぶん前に亡くなり、あの古い家も建て替えられて、記憶の中にしか残っていない。
何もかもが珍しくて、興味津々だった、おじいちゃんおばあちゃんと過ごした夏休みの記憶。
まだ夏の最高気温が27度くらいだった時代。
クーラーもない時代。
今は、そんな夏があったなんて信じられないような毎日の暑さだ。
風鈴を揺らすのは熱風。
里子は、庭でチリンチリンと涼しげな音を立てている南部鉄の風鈴をみながら、音は涼しげだけど、あの風鈴も暑くてたまらないんじゃないかと思った。
まだ車は一家に一台あるかないかで、道路もほとんど車が通らない頃
家よりも田んぼや畑の方が多い頃
記憶の中のあの風景を思い出すだけで、少し涼しさを感じる。
時代も気温も
もうあの頃には戻れないだろう。
戻れないとしても、コンクリートで地面を固めたり、どんどん建物を建てるだけでなく、土や緑を増やし、無駄な電気やエネルギーを使わないようにしたら、少しはこの気温の上昇を防げるのだろうか?
そんなことを考えながら、里子はクーラーの部屋でウトウトし始めた。
夢の中で、あの時のあの場所で、里子はおじいちゃんおばあちゃんと語りかけた。
技術は発展したし、便利にはなったけど、失ったものもたくさんあるよ。
あの頃は良かったな…
終わり
二日遅れてしまったので、企画参加にはなりませんが、シロクマ文芸部さんの先週のお題で書いてみました。
「風鈴と」から始まるお話でした。
我が家の3代目くらいの南部鉄の風鈴は、クーラーの風でチリンチリンとなっています(笑)
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