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ナイトバードに連理を Day 3 - B - 1

【前 Day 3 - A】

(1037字)

 その朝、早矢は件の少女を探さなかった。今朝の夢を経た今、会ったところで話すことがないという思いはさらに強くなっていた。

 会わずに済むならそれでいい。もし見かけることがあっても声をかける必要はない。決意も固く早歩きでD組に向かった早矢は、しかしその扉の前で足を止めることになった。見間違うはずもない。そこで待っていたのは件の少女だった。

 早矢は少女と目が合ったと思った。しかし少女は数秒が経過しても何も言わず、どうやら考え事に耽り目の前の早矢に気付いていないらしかった。立って並んでみると、少女の背丈は早矢とほとんど変わらなかった。女子にしてはやや高い部類だ。だがブレザー越しに見ても肩が薄く、やはり白い肌と合わさってどうにも不健康な印象があった。

 こちらを見てこない少女を人形のように正面から観察する、という行為には背徳的な愉悦があったが、早矢はそれを振り払って教室に逃げ込もうとした。少女は早矢が視界から出ても反応しなかった。早矢は苦い顔で思いとどまった。

「……あー、どうかしました?」
「……おはようございます、犬吠くん」

 少女はたったいま早矢と出くわしたように言った。その目は早矢の目から微妙に逸れ、初めて聞いたその声は明らかに上ずっていた。

「……どうも。また何か、用すか」
「あのメモについて、です。誰かに見せましたか?」

 少女の口調にはごまかしを許さない強い響きがあった。早矢はメモを入れたままの内ポケットを反射的に手で押さえた。

「誰にも。秘密なん……ですよね」

 少女はほっと息を吐いた。それは早矢が初めて見る、彼女が緊張を解いた瞬間だった。

「もしよければ、話の続きをお聞かせする時間をいただけませんか」
「続き?」
「……覚えていませんか? 夢のこと……」

 少女はブレザーを押さえる早矢の手元を見ながら言った。早矢は思わず後ずさった。

「それマジで言ってます? そんな馬鹿な。こんなのがきっかけで……」

 あんな夢を見たっていうのか――早矢の言葉を少女は両掌を向けて制止した。一昨日に比べれば随分乱暴な秘密の合図だった。

「その話を、させてください」
「そりゃ、俺だって聞きたいですけど」
「よかった。じゃあ、放課後に」

 少女はそう言って歩き出し、早矢の隣を通り抜けようとした。今度は早矢が慌てる番だった。

「待った。クラスと名前くらい聞かないと不便なんですが」
「空鳥清心(そらとり・きよら)です。クラスは、ここ」

 清心はそう言って、1年C組の教室に入った。廊下に取り残された早矢は納得できずに首を捻った。 【Day 3 - B - 2に続く】



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