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ナイトバードに連理を Day 4 - A - 1

(これまでのあらすじ)
夢を介して並行世界・胎金界を観測する太縁眼鏡女子高生空鳥清心(そらとり・きよら)は、同じ学校に通う男子生徒犬吠早矢(いぬぼえ・はや)が瀕死でいる場面を夢見する。胎金界で命を落とせば現実でも同じことが起こる。清心は現実で早矢に接触し、同じ夢見の能力を与え、生き抜くための計画を伝える。その計画とは胎金界で語り継がれる預言者・夜目としての地位を築くことだった。

(2051字)

 早矢は昨日と同じ天井の下で目覚めた。鮮やかな敷布、石の壁、窓の向こうの大きな空と乾ききった空気。洞窟めいた部屋から臨む世界、胎金界。

 清心に言われた死の可能性は想像することも難しく、睡魔への抵抗は無意味に終わった。早矢は布団に入らず椅子に座って粘ろうとしたことを後悔し、そしてすぐに、体の強張った朝を迎えられる保証はないのだと気がついた。

 毎夜、必ずここに来ることになる。現実で死なないためには、ここでも生きるしかない。

 早矢の脳裏には清心との別れのやり取りと、その寂しげな表情が焼き付いていた。結局、清心による胎金界講座は会議室の利用時間いっぱいの19時まで3時間超続き、疲労困憊の二人が図書館を出たころにはとっくに日が暮れていた。

「……今日の話、全然覚えられてないんだが」

 早矢はうつろな目を清心に向けた。清心は眼鏡の下で眠たげな目をこすった。

「分かっています。それにまだ、私の知っている全てを話すことはできていません」
「マジか……いや、言ってられないんだよな。帰って読むから、ノートの写真とか送ってくれると助かる」
「データに残れば人の目に触れる可能性があります。ダメです」
「……じゃあ、また明日か」
「はい。また明日」

 清心の説明により、早矢の胎金界知識は劇的に高まっていた。現在地は相京大陸カナン。モッカの南に位置する海運国であること。相京大陸における国の単位規模は現実で言う中世日本に近く、各国の法規範はそれぞれに異なること。宇宙と惑星という認識は確立しているが、大気圏からの脱出に成功したという記録はないこと。

 太陽は一つ、月も一つ。一日の長さは現実と同じ。現地時刻は午前9時ごろ、滞在時間は不定、短くても7時間、おおむね日が暮れるまで。言葉は通じる。通じるどころか、胎金界で言語の疎通に問題が生じたことはないと清心は言った。

 教わったのはあくまでも基礎的な情報で、夜目として振る舞うために十分なはずはないが、それでも昨日までよりははるかにマシな状態だ。早矢は自分自身にそう言い聞かせたが、何か根本的な要素を見落としているような不安は消えなかった。

「お加減はいかがですか」
「うおっ」

 早矢は寝台から飛び降りた。壁際の椅子に一人の少年が座っていた。その整った顔形に見覚えがないことに安堵し、早矢はすぐにその自覚を訂正した。どちらにしろ知らない相手には違いないのだった。

「誰だ。何だ」

 早矢は部屋の帷と少年を何度も見比べたが、結局その場を動かなかった。一度も出たことのないこの部屋から逃亡したところで、何も解決するとは思えなかった。

「僕は、頼(たより)と言います」

 少年、頼は穏やかに言った。

「……狢か」
「もちろん、あなたと同じく」

 少年の頭には清心から聞いた角、狢族の特徴があった。早矢は自分の頭を撫で、そこに同じものがあることを確かめた。理解できる事物の存在は早矢の呼吸をいくらか落ち着かせた。

「用件は?」
「茶賣から、夜目様のお世話をするようにと命じられました」

 聞き覚えのある単語に昨夜の記憶を想起され、早矢は途端に顔を引き攣らせた。頼は儚げに微笑みながら立ち上がった。

「昨日のことは聞いています。配慮が足りなかったという茶賣からの詫びとして、今日は僕が」
「待て。待ってくれ」

 壁を背にした早矢は歩み寄る頼から下がることもできず、ただ乾いた喉から声を絞り出した。

「悪いが、いや、お前は何も悪くないが、待ってくれ。俺には無理だ。昨日のこともあいつらの問題じゃなくて、俺がビビッただけなんだ」
「まるで生娘だね、早矢」
「だからそういうんじゃ……」

 早矢が空気の変化に気づくまでには数秒の沈黙が必要だった。

「……お前、何なんだ」

 早矢が掠れた声を上げると、頼は噴き出した。呆気にとられる早矢に構わず声を立てて笑い、頼は涙すら拭きながら寝台に腰を下ろした。

「あー、おかしい。冗談だよ」
「……どこからが冗談だ」
「君はどうだい? いつまでおふざけを続ける気かな」

 何もかもを見透かしたような頼の物言いに早矢は後ろ暗い緊張を覚え、同時に自身が抱いていた不安を理解した。

 清心は早矢に胎金界の知識を与えたが、もともとここにいた早矢自身のことには触れなかった。清心も知らないのだろうから教えようがない。つまり早矢と清心は、元々親しかった同族との遭遇を想定していなかった。

 目の前の頼が早矢を本物の夜目ではないと考えていることは明白だった。その口調からして、早矢の過去を知っていることも確実だった。誤魔化しようがない。だがそこまで考えてから早矢は自身の思い違いに気が付いた。清心の話を信じれば、誤魔化す必要はないはずだった。

「……やめられるもんならそうしてもいいが、俺は何もふざけちゃいない。冗談も嘘も、隠し事もない。だが知らないことはある。だから答えるまで何度でも聞くぞ。お前は、一体何だ?」

 早矢が開き直ると、頼は意外そうな顔になってからニヤリと笑った。

「伝承にある夜目らしく、記憶が混濁しているという訳だ。本気でやるんだね? いいとも、付き合うさ」 【Day 4 - A - 2に続く】



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