ナイトバードに連理を Day 8 - B - 1
(1755字)
玄関扉を後ろ手に閉じ、早矢は自宅前に立つその人に歩み寄った。
「……七。おす」
「なにその反応、驚かせ甲斐がない奴。おはよう」
早矢と同じS高制服姿で笑う七は胎金界で会うときよりだいぶ顔色がよく、どこか浮ついていて、強大な人型兵器の操縦者にはとても見えなかった。二人は申し合わせていたように連れ立って駅へと歩きだした。
「めちゃくちゃ驚いてる。驚いてるが……あんたは何でもありすぎて、もう何が起こっても不思議じゃない。どうやってこっちに?」
「違う違う。私もあなたたちと同じ、清心にかかわった夜目なの。ずーっと昔からね。伊佐魚七瀬(いさな・ななせ)。よろしく」
早矢は思わず立ち止まり、振り返り、まだ家から十歩と離れていないことを無意味に確かめて歯を食いしばった。
「けど眼は……いや、あんたならどうとでもできるか。なんで黙ってたんだ」
「一つには、伝えたところでこっちの私が近くにいなくて証明できなかったから。昨日まではね。もう一つは、あなたたちを見極めるため。実地テストってわけ」
「何の?」
「清心の味方として信頼できるかどうか。もちろん私の動きはあの子も知ってるし、あの子はこの後、あなたに謝るつもりでいる。だからその前に来たの。テストはまだ終わっていないから」
七――七瀬は早矢の正面に回り込み、その顔をじっと見つめた。
「あなたたちは茶賣の手から、廃都モッカから脱した。おめでとう。それで、これからどうするの?」
早矢は七瀬の言葉の意味をじっと考えた。わざわざ現実で聞く以上は、胎金界でどうするという次元の話でないことは明白だった。
「……そりゃ、空鳥の力になるつもりだ。あいつの助けを借りて生きる以上、あいつの負担を減らしてやりたい。あんたも同じなんだろ」
「そうね。胎金界で死んでしまったら、現実でも命を落とす。だからそうせざるをえないし、そうせずにはいられないし、そうするべきだと考える。私も、あなたたちも」
七瀬は言い聞かせるように理屈を繰り返した。
「じゃあもし、その前提が間違っていたらどうする?」
早矢は言葉を忘れたように口を開けたまま押し黙った。七瀬はその姿を笑いはしなかった。
「あなたが胎金界に巻き込まれた発端は一ヶ月前、モッカの狢が一晩で十万人も亡くなったこと。でもそれから今の今まで、現実のこっちで同じような事件は起こってない。そんな事件は世界のどこにもなかった」
七瀬の断言を早矢は掌を向けて制した。
「待てよ、テストってそんなレベルの話か? アレド地区の事件との平衡で起きたっていうのは、もう空鳥から聞いてるぞ」
「つまりそれが違うの。アレド地区の本当の犠牲者は百人程度。少ないなんて言わないけど、モッカの件とは桁が違う。報道されてる数字は資源狙いで介入を目論む隣国が誇張したものよ。天狗の情報網はないけど、現地で確かめたから保証する」
「現地って……。あんた、こっちじゃただの高校生だろ。石術もアマフリもないのにどうやって?」
早矢が率直に尋ねると、七瀬は目を見開いてから笑った。
「そう、私は普通の女子高生。つい忘れるわ。ただ人より長い時間を生活して、怪物やら悪党やらを退治してきただけなのにね……」
「……説明になってないが」
「入れたのは父親のコネよ。別にあちこち飛び回ってるわけじゃないから、それらしい事件を直接調べられたのは今回が初めて。ま、私を信用しなくても別にいいわ。たぶんそろそろ真相を暴いた記事が世界中で上がるから。つまり、そういう人たちに同行してたわけ」
「……いや、根拠があるなら話そのものを疑う気はない。どこの世界にも同じようなことを考える奴はいるってことだろ」
早矢は手を下ろした。七瀬は笑みを薄め、早矢の顔を真っすぐに見つめた。
「胎金界に関しては、結局状況から推測する仮説でしかないけどね。そもそも生死の平衡は証拠があったわけじゃない。ただ昔、あの子の周りでそれらしいことが起こったというだけなの。
「清心は、鵺は神様として崇められているけど、何でも知ってるわけじゃない。助けられた恩なんて最初からなかったとしたら、あの子の力を借りて胎金界を生きなくても現実を生き続けられるとしたら……それでもあなたは清心のために戦う?」
「俺は……」
「答えは私じゃなくて、本人に伝えなさい」
七瀬は踵を返して歩き出した。 【Day 8 - B - 2(終)に続く】
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