ナイトバードに連理を Day 6 - A - 3
(2347字)
早矢を含む茶賣の手勢は鉱山町の入り口で二隻のコーデックボートの上に並び、接近する十二隻のボートを眺めていた。青天と茶色の荒野に挟まれて真正面から迫る二列の縦隊はもっと少なく見えたが、双眼鏡を手にする冶具の言葉を疑う者はいなかった。
「片方は国境兵の車両、もう一方は一昨日と似た混成部隊……傭兵でしょう」
「自分の仕事だけしておけば良いものを」
冶具の隣で自身も望遠鏡を覗きながら、茶賣は退屈そうに言った。急速に大きくなっていく車列からは小さな光が瞬いていた。
「発光信号。交渉を希望する、発砲するな」冶具が本能的な速さで呟いた。
「希望するか。徒党で来て面白い冗談だ。返答は、了解、お待ち申し上げる、だ」
茶賣は興味をなくしたように望遠鏡を顔から外し、ボートの中と隣の一隻――アマフリを載せるスペースはないが、その分常識的な形状をしていた――、そして廃墟の周囲に立つ歩兵を見回した。
「荒れるぞ。無駄に死ぬなよ」
茶賣は天気の話でもするように、ただ声だけは大きく言った。その苛立ちも興奮もない平板さが早矢にはむしろ恐ろしかった。
早矢たちの乗るコーデックボートの後ろには、デッキを出たアマフリが座り込んでいた。青空の下で尻と足を地面に付け、脚の間に上半身を沈めるようにしたその姿は、ボートの中にある時より無気力かつ小さく見えた。
「冶具、船種は見えるか」
「国境兵の六隻は才天ですね。モッカ製ではありません。残りは……先頭からサダミツ、サンジョウ、波涛が二隻、それと三則。サダミツは一昨日逃がしたボートとよく似ています」
冶具が読み上げるように答えると、茶賣は感心して鼻を鳴らした。
「言われて見ても区別が付かん。よく覚えられる」
「名を冠した工房主によって意匠が違いますから、モッカの狢なら子どもでも見分けます」
冶具は自慢するでもなく言った。早矢が顔を見ると、遅れて合流した頼は無言で首を横に振った。
二つの縦隊は鉱山町に入る手前で左右に展開し、茶賣たち二隻を取り囲むように停止した。砲塔に立つ十二人とボートから降りた兵士たちの表情を見るころには、早矢にも国境兵と傭兵たちの区別はついていた。
船種と服装の統一具合の差は明らかで、整列するまでの時間も違った。統一された六隻が速度を落としつつ均等な感覚で並んだのに対し、残りの六隻はいかにもぞんざいな配置で、しかしほとんど速度を変えないまま素早く停止した。十二隻はいずれもそれが礼儀かのように砲口を茶賣たちからは外していたが、威圧的であることに変わりはなかった。
「景気はどうだ、悪党諸君」
顔を出しニヤついていた猩々の一人が砲塔の上に立ち上がり、必要以上の大声で叫んだ。中年の男、顔の下半分を覆う半端に長い髭、統一された軍服らしき服装。茶賣は砲塔の縁に腰を下ろしたまま露骨にため息をついた。
「領分を弁えないどこぞのカナン国境軍と違って、俺たちはとても忙しい。そこの汚い連中と手を繋いで今すぐ失せてもらえると助かるんだが」
「大獣も寄り付かないような搾りかすの町だ。慌てることはない。自慢の茶を振る舞えとは言わないがね」
「用件を言え」
茶賣が短く促すと、国境兵はニヤついたまま周囲の味方と視線を交わし、もったいつけながら頷いた。
「よかろう。だが用件ではなく要求だ。私と手を組め、茶賣。夜目の情報を活かすには人手が多い方がいいだろう。たったの二隻ではどうにもなるまい。みんなで儲けようじゃないか」
国境兵はたっぷりの傲岸さを込めて言った。早矢は猩々たちの視線が自分の赤いマントに向けられるのを感じたが、どうするべきかもわからずただ茶賣の肩を睨んだ。茶賣はいかにもわざとらしくもう一度ため息を吐いた。
「こんなことをしなくても、俺はお前の持ち場から出てやるつもりだったが」
「夜目を使うお前の獲物は莫大だ。私の利益が他の関所と大して変わらないというのは不当じゃないか。まずはここで獲った物の運搬を手伝ってやろう」
「お前らは? そこの脳足りんと同じ用件か?」
茶賣は国境兵から傭兵の並びに視線を動かして言った。頭を剃り上げた傭兵の一人が、国境兵以上の落ち着きと傲慢さをもって口を開いた。
「粋がるなよ、商人上がり。今日はそこのデカブツには頼れないぞ」
その男は冶具の言うサダミツ――一昨日茶賣が見逃したコーデックボートの砲塔から身を乗り出していた。早矢が振りかえると、アマフリは変わらず地面に腰を下ろしたままだった。
「そう、今回のモッカの件に関して、天狗族とカナン軍には互いに争わないという取り決めがある。夜目に傷がついても困るだろう」
国境兵が勝ち誇った顔で口を挟んだ。茶賣は国境兵に掌を向けてその口を止めた。
「こちらからも要求がある。狢だ。お前らの中に狢がいるなら引き渡せ」
ほんの一瞬、しかし確かに、茶賣は早矢と頼に目を向けて言った。二人は示し合わせたように不審げに目を細めた。国境兵は初めて困惑を顔に出したが、仲間と顔を見合わせるとすぐにニヤつきを取り戻した。
「我々の整備を妨げる気なら無駄だ。拠点に残してきた狢もいる。それともまさか、夜目を使っているうちに信仰に目覚めたのか?」
「お前らよりうまく使ってやれるってだけだ。早くしろ」
国境兵たちは声をに出して嗤ったが、茶賣はニコリともしなかった。急に話がかみ合わなくなったような沈黙が数秒あり、しかし国境兵は頷いた。
「どうせ拾い物だ、ボートごとくれてやろう。構わんな?」
国境兵の最後の確認はサダミツの傭兵に向けられたものだった。傭兵は不満そうに腕を広げながらも砲塔から抜け出し、隣のボートに飛び移った。茶賣は車長を失ったサダミツを見つめた。
「その中だけか?」
「狢は臭い」
「そうか。では話は終わりだ」
茶賣は伸ばした手を降ろさなかった。国境兵は首を傾げた。 【Day 6 - A - 4に続く】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?