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テンジンの母親はテンジンを産まずに死んだ。精子提供者=テンジンの父親に言わせれば、それは一個の男子が天地人と対決し読み勝つ一世一代のギャンブルだった。つまり、まあ、そんなん大体分かっとると思うけどな、お前、あれが次の四月まで持たんと踏んでこそな、お前の卵と種を妾腹に仕込んだわけやから、だった。 テンジンは父の見解に意見しなかった。自分が親と同じ時代の同じ立場に生きていたらきっと同じようにしただろうし、生まれた子供が自分のように15歳辺りで質問してきたら、同じようにアケス
一人目、和柄シャツの男が投稿を見た。調度も眺望も遠い高層階の一室。まだ清潔なソファに寝転んだまま、男は部屋の奥に話し掛けた。 「アツシくん見て。ワンパンで50。見てって、絶対チョロい。ねえ見て。アツシくんてば。探して叩き、やろうよ、50、アツシくん」 二人目、S高校女子生徒は図書室で投稿を見た。 画像の人物は雑に隠されている。ただ彼が着るブレザーと胸元の校章には見覚えがあった。少女は隣席の肩を小突いた。 「うちの生徒じゃん。誰か知ってたら見て分かるくない?」 ホス
伊根の亀には亀なりの後悔があっただろう。そのはずだ。そうであって欲しい。甲羅に一人の男を乗せ、海の底から陸へと上がる潮の流れを選んで進む亀。命の恩人を楽園から暴力の現場に送り返す亀。上では二人の出会いの日から三〇〇年が過ぎている。羅上の人はそれすら知らない。亀は黙っていた。仁義を果たした生き物が、恩人を絶望の淵に運んだのだ。その心にミリの憂鬱も無かったとすれば、この世は悲しすぎる。 亀はどうして平気だった? 亀は、人という種がウラシマ効果を気にしないとでも思ったのか。本
M1 (ライターをカチる。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。 「お線香みたいだね」 「そんな良いものじゃないと思いますよ。クソみたいな青空、見向きもされない屋上、ゴミ同然のタバコです」 『灰になっていく』 『安い火にタバコを当てる』 『ライターをカチる』 「これがサンプリング」 「はあ、なるほど」 「その通り! このマイクから! このサンプラーに! 録った音は全て私の思い通りというわけ。ピッチも順番もタイミングも、実物なしで出し放題。火
機械になった気分。 私の素直な感想を母は笑った。鼻を鳴らして、目を細めて、私の背中を手のひらで叩いた。 「自惚れはやめておきなさい。何が起きてどう考えて何を言ってみたところで、キミはこの薄い肉と骨と神経の皮袋から離れることもできないんだ。たかが人間の、たかが一個体でしかない。お腹を痛めた私とそこから出てきたキミは、なーんにも変わらないのさ」 ひどい話だった。慰める気があったのかすら怪しい。理屈っぽくて自分本位、ほんの少しの共感も示さず、子どもの悩みを馬鹿にしていた。言わ
祖母の死体は白い毛皮を抱いていた。 ベッドに座り膝を抱える姿は全く自然で、日常的で、ただ完全に静止していた。掘り出された石像のように固く、足のある折り紙のように浮ついていた。風に倒れそうで窓もカーテンも開けられない。寝室は明かりが消えていて、透ける白昼だけが死体を照らしていた。雲一つない秋晴れの日だった。 救急が先なのかな、と迷いながら警察に通報する。すぐ来るというので合っていたらしい。何も触らないようにと念を押される。流れで頷きながら無視しようと決めた。どこの誰と
雨だけが火の江を眠らせた。それがただの小さな入り江として在るのは、雨の間だけだった。 その日は夜明け前に雨が降った。火の江は眠り、すぐに入り江の三方から三十艘の舟が出た。 四人乗れば満員の小さな手漕ぎ舟の群れは、それでも恐ろしく速かった。操舵手の腕は逞しく、舟の挙動は針路も順序も止まる位置も統制されていた。何より誰もが急いでいた。 舟が江に散る。その完全に止まるのも待たず、舟から人が飛び出す。一艘から一人二人が眠れる火の江に飛び込む。その海底へと潜る。ウェットス
警棒は抜かれない。腰のベルトからアスファルトを見つめている。拳銃は。ホルスターの中で姿も見せずに眠っていた。 繁華街に直通する駅前は三百人近くの市民が流動していた。その人混みの只中にあって、凶器を掲げるまでもなく、二人の警官の濃紺の立ち姿は威容だった。周囲に柵があるかのように、行き交う誰もが二人を避ける。 要因は三つ。一つ、この街に出入りする人間は99パーセントが薬理統御を受けている。正気でいるために。平穏無事な生活を送るために。 "良き薬、良き心。"製薬会社の
『午後八時・闇野球』のプラクティス (2569字) そろそろだ。俺か、俺以外の誰かが呟いた。 8人の声を聞き分けられなかったのは、それが本当に小さな、舌が偶然そう鳴ったかのような音だったから。自分かも知れないと思ったのは、全く同じことを考えていたから。時計は見えないが勘で分かる。街から灯が消えていく。 いずれにしろ俺たちの他には有り得ない。互いの顔も見えず外のざわめきも遮断した、真っ暗闇のロッカールームには俺たちしか居ない。ひなたの連中が出てから9人揃って入り、内側か
#逆噴射小説ワークショップ (7943字) クルースは記憶に頼る。記憶の中の風景を手掛かりに、空間を歪めて道を開く。魔法のように。自身の肉体を手掛かりにすれば未知の場所へさえ至る。奇跡のように。 雪原に人血を蒔く。 大友ピンクはこの動作が好きだ。今この時だけは、子どもでも犯罪者でもない、一人の芸術家になれる。技巧の追求から離れ、重力が生む偶然を求め、人目のない雪山で倒錯的創作に没頭していられる。何事にも代えがたい崇高な一瞬だった。 実際は何もかも違う。 夜中だっ
2020年3月8日生まれ ―― 今日の運勢は最悪! 下手を打てば死ぬ! そういうことなら寮で大人しく過ごすしかない。 何しろ大先生の占いだ。せっかく秋晴れの日曜だけど、死ぬなら死ぬ前にアマプラの消化もしておきたい。引きこもろう。朝一の公示をみてそう決めた。 甘かった。 午前11時、新宿駅着。改札を出ながら黒いダウンに袖を通し、天使の羽のプリントと「揺光会」の印字を背負う。別に見せびらかすつもりはない。車内が暑く、外は寒かっただけだ。 「やー、カズさん。さては場違いで
※逆噴射小説大賞参加作ではないです。 ※未完です。 春悔集 (路地裏に烏が啄む死犬を見て) あくたらし くちばし嘗め削ぐ割れ頭 過去を枯らして腹を満たして ―――― (31号とのコミュニケーション記録) これが青 君が言うから青とする 君の嫌いな君の血の色 (地下34階からエレベーターに乗って) 上へ上へ 階数表示の変遷をカウントダウンと呼ぶ 君ならば 警告 担当区画外 指を飲む GPSは咽頭の裏 (雨空の下、街に出て) 摩天楼 集積する光 傘は無く 灰空から降る灰
第3回逆噴射小説大賞が開催されています。それは今! 今年で3年目(マジ?)を迎えた大会は例年以上の盛況を見せ、10/29時点で536本が公式エントリーマガジンに収容されています。そのどれもが珠玉、濃厚、激重でまばゆい一品ものです。読むだけで楽しい。 またエントリー作品と同様、これまた例年通りにあちこちで繰り広げられているのが、有志によるピックアップ記事です。 これらの行為には前提として、本大会の選考はスキ数PV数など一切関係なく、主催であるダイハードテイルズ出版局の一存
1181年3月22日、平"大相国"清盛は地上の太陽になった。 病つき給ひし日よりして、水をだに喉へも入給わず。身の内の熱き事、火を焚くが如し。臥し給へる所10メートルが内へ入る者は、熱さ耐えがたし、云々。 清盛の妻、従二位時子の夢見により、発病は閻魔庁の裁定で、前月にあった奈良焼き討ちの報いだとされた。奈良南部大衆といえば一端の武装勢力。お家に反抗する以上は討伐やむなしと一門は理解していたが、それはそれとして、それはそうなるよね、と預言は簡単に受け入れられた。 清盛の