見出し画像

22.【体験記①】11年前の3.11の経験~福島県郡山市~

さて、今日は東日本大震災の体験記です!

実際に被害にあわれた方、そこまで被害がなかった方。
皆さんは、11年前の3.11をどう過ごしていましたか?

この記事では、ただただ自分の体験を書くだけなので
興味のある方は読み進めてください♪

郡山市

私は福島県の郡山市出身です。(郡山は福島県の真ん中らへん)

郡山も田舎っちゃ田舎ですが、
私が住んでいたところは住宅街で、近くに大きな公園があって、
隣に保育園。5分ぐらい歩くとコンビニやチェーンの飲食店が
いくつかあるところでした。

田舎なので、移動手段は車か自転車。
小学校は歩いて20分くらいのところにありました。

3/11【14:20-14:45】

私は当時小学校6年生でした。

いつも14:00くらいから昔のドラマの再放送をしていて
学校から帰った後はそれを見るのが日課でした。
再放送を見ながらDSでゲームをするという二刀流!笑

家には、祖母と私だけ。
両親は共働きで、姉(中2)は卒業式の予行練習、
伯父(母の兄)一緒に住んでいましたが、
車でお買い物に行っていたようです。

3/11【14:46】

ドラマの再放送が映し出されているTV画面の上に
【緊急警報】の文字と初めて聞く不協和音。

「!?」
その文字と警告音を聞いた瞬間に
「なんかやばくない...?」と察知して
祖母がいる1階にDSを持ったまま駆け降りる私。

祖母は1人で動くことはできるけど右半身が不自由でした。
だから本能的に「ばあちゃんを守んなきゃ...!」って。

祖母はいつものように居間のコタツでTVを見ていました。

すると、心臓に響くような地鳴りが。
地震が来る前の地鳴りめちゃくちゃ怖くないですか?
「これやばい...」って本能で感じました。

地震=机の下に隠れる!と学校の避難訓練でも教わっていたので
コタツに潜り込みました。

体験したことのない大きさの揺れにビビりまくる私と
とんでもない揺れを「愉快愉快」という能天気な祖母。笑

「ばあちゃん守んなきゃ!」って思ってたけれど
実際はそれどころじゃなかったです。

3.11【14:48】

揺れがおさまって、ビビりながらコタツからでる私。
目に入ったのは、真っ白な外の景色でした。

めちゃくちゃ吹雪いていたんです。
強い風と、白以外の色が無くなったかのように
一面真っ白に吹雪く外。

なんかそれが怖かったし、
すごく覚えているシーンなんです。

それから...

それから続々と家の人が帰ってくるのですが、
続きはまた次回!(^^)


この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,139件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?