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福島の甲状腺がん検査の闇3:メディアはどうして過剰診断の被害を伝えないのか

福島県では甲状腺超音波検査のやりすぎにより過剰診断の健康被害が発生しており、多くの子どもや若者が苦しんでいます。重大な社会問題と言えるでしょう。ところが、メディアがこの問題に触れることはほとんどありません。どうして日本のメディアは福島の甲状腺検査の問題を伝えないのでしょう。

1.過剰診断を理解できていない

 YouTubeの対談で元福島リポート編集長の服部美咲氏が真っ先に指摘したのはこの点です(①)。過剰診断の概念は一般的に理解が難しかったり、福島では被ばく影響の懸念があったりして、過剰診断の問題に気付くのには時間がかかります。また特に中央のマスコミは転勤があるので、福島で取材をして、過剰診断の問題の理解に到達した頃には転勤、という状況になることも多いそうです。そういう事情もあるのでしょうが、そもそもマスコミの記者の取材力が落ちていることも懸念されます。その例がTBSの報道特集です。2023年の放送で「福島県は過剰診断を持ち出すことで甲状腺検査を中止させようとしている」と事実に反する報道をしました(②)。福島県は過剰診断の被害を認めようとしていませんし、検査継続を公言しています。実情とは正反対の報道です。きちんと取材していればこのような、まちがった報道にはならなかったはずです。

2.検査の報道がビジネスになってしまっている

 服部氏はまた「福島の甲状腺がんの報道をビジネスにしているメディアがある」と指摘していました。実際に、福島で報道活動をして寄付金を集めたりしているメディアもあります。そのような活動が悪いことだとは言い切れませんが、事実を伝えるのではなく、お金を集めやすいように、あるいは大衆受けしやすいように勝手にストーリーを作って報道するようでは困ります。繰り返されてきたのが、「福島では放射線によって甲状腺がんが激増している、行政はその事実を隠蔽していて、御用学者たちが行政を応援するために過剰診断を持ち出して甲状腺検査を妨害している、被害を隠蔽された子どもたちはかわいそうだ」、という路線の報道です。さらにはWHO(IARC)や国連(UNSCEAR)が日本政府から金をもらって過剰診断を持ち出している、といったような情報さえ流布されています。極端な陰謀論であっても原発事故などの過酷な状況の後では一定の支持を得てしまいます。そしてストーリーが安直であるがゆえに広まってしまうのです。

3.記者と取材元との癒着

 取材対象の人たちが言ったことを検証せずにそのまま報道しているメディアもあります。典型的な例をあげます。2018年の毎日新聞の報道です(③)。

「福島県外の子どもらに重症化傾向」 
これは、あるNPOの記者会見を記事にしています。このNPOは、福島県内の甲状腺がんの患者と福島県外の甲状腺がんの患者を比較したところ、県外の方が進行例が多かった。県外では検査を受けられなかったから重症化している。だから県外でも検査を広げるべきだ、と主張しています。県外の何らかの症状を発症して受診した患者と、県内の自覚症状なく検診で発見された患者、すなわち本来治療が不要で過剰診断である可能性が高い患者で比較したら前者が病状が進行しているのは当たり前です。また、たとえそうだとしても、検査を他県でもやるべきだ、という話にはなりません。厚労省が甲状腺がん検診を推奨していないことからわかるとおり、甲状腺がんの超音波検査による早期診断にメリットは証明されておらず、かえって害を及ぼし得ることが指摘されているからです。

 このようなことは少し調べればすぐわかることですが、毎日新聞はNPOの発言をなんら検証することなくそのまま記事にしてしまいました。このように市民団体等の主張をそのまま伝えて結果として間違った記事・報道となっている例は、他では東京新聞、河北新報、朝日新聞、共同通信、NHKなどでも見られます。取材させてもらった情報元への配慮なのかもしれませんが、記者が自分で検証することを怠った結果とも言えるでしょう。

 また、福島県の県内誌である福島民友、福島民報は福島県や福島県立医大のメンバーの言ったことをそのまま掲載する傾向が強いです。問題は、それが大本営発表になってしまっていることです。取材を続けていれば、例えばどうして福島県や福島医大が「IARCの提言」の内容や「過剰診断」という用語を福島県民に絶対に知らせようとしないのか、どうして科学的に誤った内容を説明文書に堂々と記載しているのか、「ヘルシンキ宣言」に抵触していると思われる研究プロジェクトがどうして福島医大の倫理委員会で承認されてしまっているのか、等の疑念が自然に湧いてくるはずです。記者たちはそういう県や福島医大にとって都合の悪いことに対しては、見て見ぬふりをしているのではないでしょうか。取材元との軋轢を避けるために県民が本来知るべき情報をあえて伝えないようにしているように見えます。住民のための報道に立ち帰ってほしいものです。

4.自分達の立場を守るため

 震災後、多くのメディアが、「自分たちは原発事故の被害者に寄り添うんだ!」として活動を続けてきました(また寄り添う、という言葉がでてきました)。その結果、たとえば前述のTBSの「報道特集」のように、甲状腺がんと診断された患者たちまで登場させて放射線の影響を匂わせ、甲状腺検査の徹底的な推進を主張したメディアもありました。そのようなメディアにとっては過剰な検査が実施されることで甲状腺がんと診断される患者が増えることは、読者・視聴者の注目度を上げ、その結果自ら提供するニュースの価値を上げることになっていたのです。
ところが、人々が過剰診断を理解しだすと話が変わってきます。過剰診断は検査のやりすぎが原因で起こります。福島においてどうして過剰な検査が容認されてきたのか、という話になれば、正しい科学情報を伝えずに甲状腺がんの不安を煽り、検査推進を主張してきたメディアにその責任の一端があるのは明らかです。過剰診断を人々に正しく伝えることは自らの過ちを明るみにし、首を絞めることになりかねないのです。

 韓国で甲状腺超音波検査のやりすぎで過剰診断の被害が起こった時、韓国のマスコミは一部の良識派の専門家たちと協力して「反過剰診断キャンペーン」を繰り広げ、検査の有害性を国民に知らせることで過剰診断の被害を抑え込むことに成功しました。人々が知らなければいけない情報を提供し、それによって社会に貢献する、まさしくメディアの真骨頂であったと言えるでしょう。
これに対して、日本のメディアは正反対の行動をしました。ありもしない放射線の健康影響を騒ぎ立て、不安を拡大させ、あろうことか過剰診断の被害を懸念する専門家たちを御用学者として攻撃することすらしたのです。きちんとした報道ができないマスコミの名前を挙げていくと絶望感しかありません。ほとんどのマスコミの名前が挙がってしまうからです。

 そんななかでも、ごく少数でありますが、きちんとした報道をしてくれた記者の方もおられます。最後にそのような方々を紹介したいと思います。

読売新聞 服部牧夫氏
[災後の福島で 第4部] 甲状腺検査(上) 無害ながん 多数発見 (中) 不安解消の意図裏目 (下) 当事者説明 どこまで2020年8月 https://web.archive.org/web/20201006015125/https://www.yomiuri.co.jp/local/fukushima/feature/CO043411/20200909-OYTAT50008//

朝日新聞 奥村輝氏
東日本大震災7年 甲状腺がん検査の課題(2)不利益認識し問う必要 津金昌一郎 2018年4月21日http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW20180421071770001.html

東日本大震災7年 甲状腺がん検査の課題(3)学校検査 倫理的に問題 高野徹 2018年4月24日 http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW20180424071770001.html

産経新聞 奥原慎平氏
福島「被曝による甲状腺がんは心配ない」 宮城学院女子大の緑川早苗教授インタビュー - 産経ニュース (sankei.com)2022年9月29日https://www.sankei.com/article/20220929-VV4CK5LKAVNQBI7UGYN7UOE4YQ/

北海道新聞 関口裕士氏 
【緑川早苗さん】福島の甲状腺検査の見直しを訴える医師:北海道新聞デジタル (hokkaido-np.co.jp)2021年10月1日
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/595280


① 第3回:過剰診断の被害はどうしてなくならないの? 徹底解説!! 福島の甲状腺がんの過剰診断 緑川X服部X高野 (youtube.com)
https://www.youtube.com/watch?v=rdUvjxXUEHY (11:20ころより)
② TBS「報道特集」に波紋。「福島の若者が甲状腺がんで苦しんでいる」原発事故との因果関係は国連組織が否定、批判も(buzzfeed.com) https://www.buzzfeed.com/jp/keitaaimoto/hodotokushu-tbs
③ 甲状腺がん:福島県外の子どもらに重症化傾向 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
https://mainichi.jp/articles/20180302/k00/00m/040/068000c