「県民健康調査」検討委員会に検査の継続・中止をまかせていいの?
第 48 回「県民健康調査」検討委員会 2023年7月20日が行われました。議事録が出るのは後日になるそうです。今回は福島の甲状腺検査に関して、重要な事柄がいくつも出ていましたので、ハイライトをnoteにしました。
1.出席者、欠席者
・安村誠二氏が新たに放射線医学県民健康管理センター長に就任されました
・甲状腺学会理事長の菱沼昭氏は今回も欠席(2年前からずっと欠席を続けています)
2.注目する主な議論
室月淳氏が『福島の甲状腺検査の一時休止』を求めたのに対し、鈴木元氏、志村浩己氏、吉田明氏が検査継続を支持する立場で発言、これに加わった重富氏が過剰診断の定義を理解されていなかったことが判明、中山富雄氏が各委員の誤った発言や認識を訂正するという流れでした。最後は高村昇座長の「検査は今後も継続していく」という発言で終了しました。
(動画37分頃)
室月氏
「過剰診断の割合を評価するために、検査を一定期間中止したらどうか。」
鈴木元氏
「過剰診断については韓国の例と比較されるが、韓国では小さくてリンパ節転移のないがんを手術しているので福島の状況とは違う。」
マモルのコメント:
これは明らかな間違いです。韓国では福島の基準では検査の対象とならない5mm未満のがんはせいぜい半分程度でした。(論文1)福島の基準で診断したとしても多数の過剰診断が発生したということです。甲状腺乳頭がんは1cm以下の小さなものでも大半がすでにリンパ節転移をきたしています。この甲状腺がんの腫瘍サイズについてはJCJTCのQ&Aをご覧ください。(引用2)このような事実は既に多くの論文に記載されており、甲状腺専門医の間では常識です。鈴木氏は以前の甲状腺評価部会で、過剰診断を懸念する部会員に対して「髙野先生の文献の読み方、少しバイアスがかかっていやしないかって非常に不安に思っています。」と批判されていましたが、それがそのままブーメランでご自分に返ってきているのではないでしょうか。(引用3)
(論文1)
Changes in the clinicopathological characteristics and outcomes of thyroid cancer in Korea over the past four decades.
Cho BY,Thyroid. 2013 Jul;23(7):797-804.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3704118/
(引用2)
JCJTCのQ&A
Q6 見つかった腫瘍のサイズによって細胞診を受けるかどうかを慎重に考えれば、超音波検査による過剰診断の被害をなくすことはできますか?
https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/labo/JCJTC/QA.html
(引用3)
第11回 甲状腺検査評価部会 議事録
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/302307.pdf p32
(動画44分ごろ)
中山富雄氏がこの鈴木元氏の見解を論文に記載されている事実と異なる、と否定しました。
そこでこの、ご質問が出ました。
重富秀一氏
「過剰診断とは手術した後、病理で実は良性であった状況を言うのか?」
マモルのコメント:
国際的な定義では過剰診断は「治療しなくても一生害をなさない病態を診断してしまうこと」です。(論文4)重富氏はこの場で正直にお話しされたと思います。鈴木元氏の例にもあるように過去の発言を見ると検査推進派の委員の方々の過剰診断についての理解はずいぶん怪しい方がおられる印象を持っております。おそらく、発言されていない他の委員の中にも過剰診断を正しく理解されていない方が多数おられるのではないでしょうか。甲状腺検査に対して影響力があるこの検討委員会は、そのような環境で現在も議論をしていることが今回はっきりわかりました。この後、中山氏から、過剰診断は専門家であっても理解していない人が多い、とのご説明がありました。
(論文4)
NLM(米国国立医学図書館)”overdiagnosis"(過剰診断)
https://www.bmj.com/content/375/bmj.n2854.long
(動画50分頃)
志村浩己氏
「福島では小さながんは診断しないようにしているので、手術ではなく経過観察が妥当と思われる方は少数。」
マモルのコメント:
この「経過観察が妥当」と判断は成人のエビデンスを基にしたガイドラインに従った場合の話です。未成年に対するガイドラインは存在しません。福島の甲状腺検査で現在起こっていることは、成人のガイドラインで実施しても大丈夫だろう、とやってみたら大量の甲状腺がんの過剰診断例を発生させてしまった、ということではないでしょうか。福島医大の先生方は、よくこのような紛らわしい説明をされます。福島の甲状腺検査や現在行われている診療を正当化するため?
(動画53分頃)
鈴木元氏、吉田明氏
「過剰診断かどうかを判断するためには、死亡率の低下ではなく、QOL、再発率または手術の合併症を基準とすべきだ。」
マモルのコメント:
これは過剰診断の一般的な定義からは外れています。またその点を度外視しても、甲状腺超音波スクリーニングがQOLを改善する、術後の再発率を低下させる、合併症の発生率を低下させる、というエビデンスは現在ありません。逆に、甲状腺がんという診断をつけることが子どものQOLを下げる、子どもの小さな甲状腺がんを診断・治療すると50%以上再発する、という論文があります。(論文5)この甲状腺がんの超早期発見についてはJCJTCのQ&Aもご覧ください。(引用6)
あるかないかわからないメリットを証明するために過剰診断という重大なリスク伴う検査を子どもに押し付けるのは人体実験をしていると言われても仕方がないことです。過剰診断が指摘されているにもかかわらず、メリットがはっきりしない検査を推進しようとする人は医学倫理をご理解されていないのではないかと思ってしまいます。WHOのIARCからも(引用7)、UNSCEARからも(引用8)、過剰診断の可能性が出ている現在、福島で、このまま甲状腺検査を続けてメリットが見られなかったという結果になった場合、どう責任を取るおつもりなのか、とても心配になります。
(論文5)
Hay ID, et al.
Papillary Thyroid Carcinoma (PTC) in Children and Adults: Comparison of Initial Presentation and Long-Term Postoperative Outcome in 4432 Patients Consecutively Treated at the Mayo Clinic During Eight Decades (1936–2015). World J Surg (2018) 42:329–42.
(引用6)
JCJTCのQ&A
Q4 超音波で甲状腺がんを早期に見つければ、その後の経過は良くなりますか?
https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/labo/JCJTC/QA.html
(引用7)
WHOのIARC 甲状腺モニタリングの長期戦略に関する国際がん研究機関(IARC)国際専門家グループの報告書について
https://www.env.go.jp/chemi/rhm/post_132.html
(引用8)
原子放射線の影響に関する国連科学委員会 電離放射線の線源、影響およびリスク UNSCEAR 2020年/2021年報告書
https://www.unscear.org/unscear/uploads/documents/unscear-reports/UNSCEAR_2020_21_Report_Vol.II_JAPANESE.pdf
(動画57分頃)
神ノ田昌博氏
「過剰診断かどうかは30年たたないとわからないということであれば、対象者にきちんと説明して任意性を担保して検査を実施していくしかない。」
マモルのコメント:
過剰診断を証明するには長期間検査を実施して疫学的なデータを取るしかない、というのは事実ですが、様々な状況証拠から過剰診断であることはほぼ確実で、いくつかの国際専門家機関が警鐘を鳴らしています。検査の明らかなメリットがない中、子どもにリスクを押し付けることは問題ないとお考えなのでしょうか。そもそも福島県は県民に対して検査の性質を正しく伝えようとしていません。たとえば、県が配布しているパンフレットやアニメでは過剰診断という言葉も使用していませんし、過剰診断が生じたときにどのような害が人生に起こってくるのかは説明されていません。そればかりではなく、いくつもの虚偽の情報が含まれています(引用9)。また、この意見に象徴されるように、この会議ではしばしば医学倫理や子どもの人権を無視した発言が出てきます。
(引用9)
福島県の甲状腺検査について県の住民に対する『説明』の問題点
https://note.com/mkoujyo2/n/n740dfe34d227
高村昇座長
「県民の不安を解消する、県民に寄り添うということで、今後も検査を続けていくということで良いのではないかと思います。」
マモルのコメント:
不安を解消するためなら子どもに健康被害を押しけても良い、ということなのでしょうか。この座長の意見に象徴されるように、この「県民健康調査」検討委員会ではしばしば医学倫理や子どもの人権を無視した発言が出てくることを非常に危惧しています。