誕生日に「お祝い」する意味
今週末はとある方の誕生日を祝いました。
(僕の誕生日は4月なのでまだまだです)
日々、いろんな関係性の人に対し、何かしらの「お祝い」をする人が多いと思いますが、そもそも毎年毎年特定の周期でお祝いすることの本質的意味とは何なんでしょうか?
3文まとめ
・誕生日の起源はヨーロッパで、お祝い自体は宗教的な意味合いが大きい
・お祝い行為は意味のない、ただ純粋な無償行為なのではないか
・「誕生日」関係なく、想いを伝えることが改めて大切なのではないか
「誕生日」の起源
誕生日の起源について振り返ります。
日本では昔、年齢を「数え歳」で数えていたので、生まれた年を1歳とし、元旦にみな一斉に歳をとっていました。12月に生まれると、翌月には2歳になります。
そう、昔は誕生日という概念すらなかったのです。
誕生日に関わらず、全員が同じタイミングで歳を取っていたのです。
では、いつから「誕生日」ができたのでしょうか
昭和25年(1950年)1月1日に「年齢のとなえ方に関する法律」(昭和24年5月24日法律第96号)を施行しています。したがって、日本で現在のような誕生日を祝う習慣ができたのは、早くても昭和25年(1950年)以降のことです。
意外なことに、誕生日を祝う風習ができたのは直近100年内なのです。びっくり。
ということは、祖父母の幼少期は誕生日の文化がなかった、、、?
今度、帰省したときにでも聞いてみようと思います。
「お祝い」の風習
では、誕生日に「お祝い」する行為はいつからなのでしょうか
海外で個人の誕生日をお祝いする習慣がいつからはじまったのかについては定かではありませんが、15世紀のドイツでは、「キンダーフェスト」と呼ばれる子どもの誕生日会が行われていました。誕生日にバースデーケーキを食べる習慣は、19世紀にアメリカに伝わり、戦後に日本に伝わったと考えられています。
ということで、戦後において「年齢のとなえ方に関する法律」が施行されたタイミングで、「お祝い」する行為が広がったと考えるのが自然ですね。
お祝いする元々の意味
では、日本に伝来する前のヨーロッパではなぜ「お祝い」をしていたのでしょうか
海外においても、誕生日は、神の生誕を祝う日として宗教的な意味合いが強いものでした。
実は、バースデーケーキの起源は、古代ギリシャの時代にまで遡ります。古代ギリシャ人は、月の女神であるアルテミスの誕生を祝うため、月の形を模した丸いハニーケーキを焼いて、アルテミスへのお供え物としました。
宗教的な意味合いで特定の日に「お祝い」をする。
その際に、バースデーケーキを納める。
とのことです。知らなかったのですが、納得ですね。
今、祝う意味とは
現在、多くの人は宗教的な意味合いは考えずに「お祝い」をしているのではないのでしょうか。僕もそうです。
お祝いをする意味ってなんだろうと考えたとき、以下の3つが挙げられます。
1. 無償の行為である
結論、これだけだと思っています。(重要!!!)
別にお祝い自体に意味はない。
(後述しているお祝いする意味は、「あえて意味をつけるなら」です)
ただ、色んな感情が巡った上で
「この人に何かしたい」
「喜んでほしい」
というシンプルなGiveの精神が「お祝い」という行為を突き動かすのかなあと思っています。
たとえ自分に何も返ってこないとしても、迷わず行う行為なのかなと個人的に思います。
利己のための利他的行為とはよく言いますが、この「お祝い」に関しては「利他と利己のせめぎ合い」を超越した行為なのではないかと思うのです。
残りの2つは、強いて「お祝い」する意味をつけるならこの2つかなあと思ったものです。
2. 改めて感謝を伝える
年に1回、その日限り。
特別な日だからこそ、伝えられることってたくさんあるのかなと思います。
・普段素直に言えないこと
・どこかのタイミングで伝えたかったこと
を率直に伝えるには「誕生日」はいい機会なのかなと思います。
3. 縁を繋ぐ
これも結構ありますよね。久しく連絡を取っていない人からのチャットなど、覚えがある人も多いのではないでしょうか。
この人からメッセージがくるなんて!ってくらいの人からお祝いされると思わず嬉しくなったり、そのあと会話が続いてご飯行ったりとかはありそうですよね。
区切りとなる日があることで、新しい会話が生まれるのです。
最後に
誕生日の起源から長々と書きましたが結局言いたいことは1つだけです。
誰に対しても、伝えたい想いはいつでも伝えましょう
「誕生日」というお祭りに頼ることももちろん素晴らしいですが、毎日みんな生きているのです。
「いつもありがとう。今日も生きてくれてありがとう」
そう素直に言える人を身の回りに増やしていきたいなあとふと思いました。
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