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創作ヒトコワ怪談『煽り煽られ死に死なれ』

高速に乗ってもう1時間。
車は列を作って道を埋め尽くしていた。
この場所では車は多分走るという事を忘れてしまったに違いない。
それほど、まるで手応えのない最悪の渋滞だった。
「ああ、やばい。あと30分だぞ。もう引き延ばすのも多分限界だぞ。」
保険契約でアポをやっと取れたお客様でうまくいけば大口のお客様になる可能性があるので手放したくなかった。
ここまでくるのに、3か月。
罵られ無視されて時に水をかけられて、それでもあきらめず通い詰めて口説きに口説き倒してやっとここまでたどりついたんである。
簡単にあきらめきれない。
今日は午前中スムーズに仕事をこなせて、余裕をもって会社を出てきたというのに早く着いておこうと高速をつかったのが悪かった。
最初順調に流れていた車の流れが徐々につまり出し20分を過ぎたあたりから完全に動かなくなった。
普通高速を使えば30分もあれば到着する道のりである。
つまりだした時、念のためお客様に遅れるかもしれない旨を知らせていた。
幸いにして早く会社を出ていたのが功をそうした。
「大丈夫ですよ。約束の時間まで1時間もありますもの。お気をつけていらっしゃってくださいね。万が一の為の保険の契約なのにその道すがらで事故に合いましたじゃ目も当てられないでしょ?」
「そうですね、気を付けてお伺い致しますので、今しばらくお待ちくださいね」お互い笑いあいスマートフォンをきった。
それがもうあれから30分を過ぎたのに全然動く気配がない。
再度電話して車が渋滞で動かないという旨の理由を頭をダッシュボードに打ち付けんばかりに首を振り回しお辞儀し続けた。
端から見たら車の中でサラリーマン風が一人ヘッドバンギングを繰り返してるなんてちょっと怖いものがある。
狂ったと思われても仕方がない。
でもそんな事かまってられないほど事態は切迫していた。
「あーやばい。あー不味い。あーまじか。あーイラつく。」
あせりとイラつきの言葉が湯水のように溢れてくる。
ハンドルに掛けた両人差し指が早鐘を打つように連打し始めた途端、車の列が急激に動きはじめた。
「やった!これで間に合いそうだ。」
ほっと安堵した。

しかし今日の契約は失敗は許されない。
念には念を入れて、高速を降りて下道に急遽切り替えた。
この時間と道のりなら下道の方が早く着く。
「落ち着け、落ち着け」自分に言い聞かせながら高速を出た。

すると読み道理、道が空いている。
「おいおい!天は俺に味方しまくってるぞ!」
アクセル踏む。車は一層加速した。
しばらく走ると前方に一台の乗用車がのんびりと走っていた。
だいぶくたびれてる古臭いタイプの乗用車だった。
「すいませんね、こちとら急いでるもんで」
車線変更してその古い車を抜き去ろうとした刹那。
グン!その古い車が同じ車線に急に割り込んできた。
「おい!あぶねぇじゃねーか!」
思わず叫んでいた。
なんとかハンドルをうまく操作出来てぶつからずにすんだ。
古い車の真後ろについた。まだのんびりと走っている。
「こうなったら」こちらもスピードを緩め車間距離を空ける。
そして頃合いを見て反対車線に躍り出た。
「こちとら急いでんだよ!ダボが!」
アクセルを底まで踏み込んで一気に加速した。
「ばいばい!」片手で中指を立てるポーズを古い車を抜き去る瞬間そちらにむけた。
バックミラーに古い車の影がどんどん小さくなっていく。
「なんなんだよ、あれは」

順調に走り続けお客さまのご自宅まであと少しまでになった。
あと少しなので公定速度のでの走行を心掛けた。
頭の中で契約獲得の為の作戦を何度もシュミレートする。

ガッシャーーーン!!

車は回転した。上へ下へ右、左、出鱈目に転がった。
先ほどの古い車がどうやったのか先回りをして彼の車が通る瞬間を狙って横にある路地から急発進で横っ面に突っ込んだのだ。
保険屋の車は道路わきの歩道に乗り上げ逆さになった状態で止まっていた。
シートベルトが何かに引っ掛かり取れない。
どこかを切ったのか顔に血が流れおちる。足の感覚がなかった。
そしてガラスの吹き飛んだドアの方を見ると古い車にのっていた男が近づいてきてた。
その手には家の解体に使われるごっついハンマーが握られ重いのか両手で持ち引きずっていた。

ガリガリィ~キキキキィ~ガツン、ガツン、ゴリゴリゴゴゴゴゴッ

4メートル。

3メートル。

2メートル。

1メートル。

近づいてくる男がよく見ると白髪の屈強な身体をした老人だった。
「オイ、オマエ。交通ルールマモンナキャダメダローガ。アソコノ道ハ制限速度20キロダゾ!オマエ100キロダシテタナ。80キロオーバーで一発免停ダ」
ハンマーを振りかぶって車ごと叩きつける。
執拗に何度も何度も。
車の形を失っていく。
金属が砕け散る音と自分の骨の砕け散る音を聞きながら
「お客様に遅れる旨の電話を早くしなくちゃ、もう限界かなぁ」
薄れゆく意識の中で彼は頭の中で契約のシュミレートに余念がなかった。


了。



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