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一夜

人生で一度だけ、今のところ一回だけ、ワンナイトの関係を持った人がいる。
その人は3ヶ月くらい職場が近くになった人で、第一印象はとてもかっこよくてクールで、でも怖い印象の人だった。これから先この人をAさんと呼ぶ。
仕事がとてもできることもAさんが職場が近くなる際の噂で聞いていたし、本当に噂通りのすごい人だった。でも度々私の職場に訪れるAさんは最小限の言葉しか発さず、笑顔もなくよく言えばクールだが、悪く言えば無愛想で、話してくれるタイプではないと感じ、コミュニケーションは諦めた。Aさんの職場に顔を出さないといけない時は、向けられる目線が怖く、できれば会いたくなかったのでAさんがいないことを確認してその部署にお邪魔していた。
そんな仲良くなれる要素が微塵もなかった人。でも私はAさんの部署の他の人と仲が良く、その頃はまだコロナなどまだ流行っていなかったので、よくその部署の宴会に誘われて行っていた。Aさんはその部署で1番若かったが、1番立場が上の人だったので必ずその宴会には来ていた。私はAさんなど気にせず他の人(みんなお父さんくらいの歳の方々)とわいわいはしゃいでいたのだが、2次会ともなるとみんな酔ってきて私もなぜか気づくとAさんの隣にいた。お酒の強いAさんにかなり飲まされた記憶がある。私はお酒に弱くはないので、良いペースで飲んで、思いのほか楽しく内容のない世間話?などをAさんとして楽しく過ごした。こうやって人との輪は広がるんだな〜と嬉しく思ったのを覚えている。
そんな宴会を重ね、職場ですれ違う際もAさんは笑顔を向けてくれるようになった。クールなAさんが向けてくれる笑顔はとても嬉しかった。かっこいいと最初から思っていたが笑顔はよりかっこよかった。そして私はAさんの声がとても好きだった。
そんなある日、Aさんは職場が変わってしまった。なかなか会うことがなくなり、会うのは度々開催されるAさんの元部署の宴会だった。飲みの席はやっぱり距離が近くなる。Aさんと飲むのは楽しくて、私は毎度そんな宴会が楽しみだった。そんな宴会で一度私は記憶を無くした。Aさんにかなり飲まされ、2次会で立ち上がってからの記憶がなかった。気づいたら自分の家で、先輩達が連れて帰ってくれたと知った。この先Aさんと飲む時は気をつけようと思ったし、とても反省した。しかし、2次会の終わりの記憶の片隅に、Aさんが「この後2人で飲もうよ」って言ったのを思い出した。私が記憶を無くす寸前だったので2人で飲みはしなかったが、あのままだと危なかったなと思った。
Aさんは既婚者だ。指輪もしていたので私は出会った時から知っていた。
さらに時間は経ち、Aさんの転勤が決まった。するとAさんから連絡が初めてきた。
「今度2人で飲もう」
この言葉が何を意味するのか私はわかった。ああ、もう戻れなくなるかもしれない、と思った。
ちょうどこの時期は過去の私のnoteをみてもらえるとわかると思うが、先輩、上司と色々あった時期だった。自暴自棄だった。2人で飲んでもいいやと思った。そして私は約束をして、Aさんと2人で飲むことになった。しかも場所は電車で50分ほどの繁華街。少し離れた場所。終電間に合うのかな。そんな風に思いながらどうでも良かった。Aさんのことはかっこいいな思ったことはあっても好きではなかった。
Aさんと約束の場所の最寄駅で合流して予約してくれた店に向かった。お店はとてもおしゃれだった。私たち2人しかおらず、偶然にも貸切でとても雰囲気が良かった。食べて飲んで、2次会に行こうよと言われた。良いですよと言って外に出た。急に抱きつかれた。びっくりした。こんなところでやめてください。と言って離れてもらったが手は繋がれていた。適当なバーに入り、よくわからないおしゃれなお酒を飲んだ。終電には間に合わなかった。さあ、どうしますか?と私はAさんに尋ねた。Aさんは「どうしよっか?」と言いながら手を繋いで駅方面に歩き始めた。駅に行っても電車ないけどなーなんて思いながら歩いた。その雰囲気に私は酔っていた。駅に着いて近くに停まっていたタクシーに向かい乗り込んだ。Aさんは「近くのホテルまで」と、さも当たり前に言い放った。私はどきっとしたが何も言わなかった。手は繋がれていた。悪いことをしようとしていると思いながらAさんに対する気持ちは何も湧かなかった。
ホテルに着いて私は途中でAさんに逃げられるんじゃないか?とそれに怯えていた。Aさんはお風呂に一緒に入ろうと言った。私はびっくりしたが、従った。お風呂からあがって、そんな雰囲気の中、流されそうになった。私は思った。このままAさんとそんな関係になって良いの?
そして私はAさんが目の前に迫る中伝えた。「このために今日私と飲んだんですか?」Aさんは目を丸くして「そんなことない、違うよ」と言った。そして私の目の前から横にずれて「違うからやめる〜」と言って本当にそのままお互いに寝た。朝が来て、先に起きていたAさんは着替え始めていた。おはようございます。と伝え、2人でホテルを出た。手は繋がれていた。
電車に乗ってからも手は繋いでいた。私は昨日断ったことでもう呆れられたと思っていたので、意外に優しいなと思っていた。Aさんの家の最寄りで別れ、私は1人で後何駅か電車に揺られていた。最後までしてないとはいえやっちまったーと思っていた。
Aさんは転勤した。かなり遠くだった。でもAさんの自宅はこちらにあるのでたまに帰ってくるんだろうなと思った。Aさんにはもう会わない方がいい。そう思った。
ある日Aさんから連絡があった。
「東京で会おうよ」
まさかの誘いだった。そして思った。男はやれなかった女に執着するんだと。これはここで会わないと終わらないと思った。何もかも卒なくこなすこの人のことだ。きっと東京で会っても楽しませてくれると思って、最初で最後会いに行った。
東京では色んなところに連れて行ってもらった。銀杏並木や、浅草、東京競技場、アメ横、等、方向音痴かつ土地勘のない私にとってはとても楽しい東京観光、のはずだった。だが、あまり楽しくないのだ。手は繋いでくれないし、業務的に色んな場所をまわるだけ。この人は今日の夜を待っているんだ。そう感じてより冷めた気持ちで念願の夜を迎えた。
夜、関係を持った。申し訳ないが気持ち悪かった。私がAさんに抱いていたかっこいいという気持ちはどこかにはあるのだが、もう2度とごめんだと思った。こうして私の人生初のワンナイトは終わった。
Aさんからの連絡はそれ以降めっきり減った。ちょうどコロナが流行ったのもあるかもしれないが、差し引いても減った。男なんてやれたらそれで満足。思い知った。

これ以降ワンナイトなんてやってないがもう経験したくない。やっぱりその場凌ぎじゃなく幸せになりたいのだ。
一夜限りの幸せ。一夜限りの寂しさの埋め合い。もうたくさんだ。
私をちゃんと愛してくれる人に、私の愛を渡せるようにいつの日かなれますように。

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