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徒然なるままに、タロット  Short Short 4 「正義の力技」

「はい、どうも。色々とご尽力、ありがとうございます。おかげさまで審査が通りました。・・・ええ、はい。いえいえ、小沼社長には本当に感謝しています。・・・もちろん、今度ぜひご一緒に。・・・はい、では、失礼します」
 電話を切った僕が、知らず「ふう」と大きな息を吐いていると、本を片手にリビングに入ってきた織衣さんが、僕を見て言った。
「審査通過ですか? おめでとうございます」
「あれ、聞こえていました?」
「はい」
 うなずいた彼女が、こぼれるような笑みを浮かべて褒めてくれる。
「艱難辛苦にめげず、ここまで本当によくがんばりましたよね。途中途中、その大変さを間近で見てきただけに尊敬します」
「ありがとうございます。自分でもそう思っているし、なんだかんだ後半は中西くんががんばってくれましたから、彼にも感謝しないと」
 とたん、瞳をキラキラ輝かせて彼女が提案してくる。
「それなら、近々慰労会をやったらいかがですか?」
「慰労会か。それはいいですね。久々に中華街に行きたいし、人数が多いなら、やっぱり円卓を囲む中華料理が盛り上がっていいから」
 すると、小首をかしげた彼女が「中華・・・」と異論ありげにつぶやく。
「え、駄目ですか?」
「駄目なわけではないですけど、やっぱり油がねえ」
 持っていた本のページををこれみよがしにパラパラしながら、彼女は言外になにかを訴えかけてくる。しかも、持っているのは、珍しくタロット占いの教本ではなく、栄養学の本であった。
「・・・油ですか」
「ええ、油。なんと言ってもこの前の検査結果が・・・。隠れてこそこそアイスを食べたりなさるから」
 少し前に大病を患った僕は、回復した現在も食事には気をつけている。
 ただ、ストレスが溜まってくると暴飲暴食をしてしまうという悪習慣からなかなか抜け出せないのだ。
 痛いところをつかれ、僕は肩をすくめた。
「それなら、慰労会はまたの機会に」
「いや、それは寂しいですし、やっぱり慰労会はなさったほうが、皆さんの士気も上がりますでしょう。そうですね、精進料理系の懐石とかいかがですか? ちょうどこの前、良さそうなお店の前を通りかかったんですよ。これも、なにかのご縁かも?」
「懐石・・・」
 僕としては、仙人にでもなりそうな淡白系の懐石より、油がしたたるがっつり系の中華で勢いをつけたいところであったが、仕方ない、ここは栄養学という理知の下す判断に身を委ねることにしよう。
 それになにより、カードリーダー、つまりは占い師が導く「ご縁」なら、きっといいものに違いない。
「わかりました。それなら、その店の情報をもらえますか?」
「もちろん。写真に撮っておいたんです」
 嬉しそうに応じた彼女がカーディガンのポケットからスマートフォンを取り出した際、どこについていたのか、二枚のタロットカードがはらはらと折り重なるように床の上に落ちた。
「あ、落ちましたよ」
 言いながら拾い上げたうちの一枚は、剣と天秤を持った女性の絵柄で、まさに理知による裁定という厳格さを湛えている。それに対し、もう一枚は、最初の一枚の陰に隠れてよく見えなかったが、ライオンが尻尾を振りながら女性の手の下でニヤニヤ笑っているように思えた。
(あれって、なんの札だっけ?)
 ぼんやり考えていた僕の手から、彼女がササっとカードを取り上げて礼を言う。
「ありがとうございます。・・・まったく。ライオンも、たまには自由に散歩させないとってことですかねえ」
 謎のつぶやきを残して彼女はその場を立ち去り、僕は僕で教えてもらった情報をもとに慰労会の計画を練ることにした。
 そして、当日。
 せっかくだから社員とも顔馴染みになっている織衣さんも一緒に会席料理を堪能してもらっていると、終わり際に中西が僕のところにやってきて、改めて礼を言ってくれる。
「今日は、本当にありがとうございました、社長」
「いや。今回の成功は、君のおかげというところが大きいし、実際は、これからが勝負だから、君にはもっとがんばってもらいたいからね。期待しているよ」
「はい」
 そんなことを語り合ううちに、中西が感心したように告げる。
「それにしても、さすがですね、社長」
「さすがって、なにが?」
「いや、この店、ちょっと前に社員で有志を募って参加したボランティア活動の帰り道に見つけて、女子社員たちが騒いでいたんですよ」
「へえ、そうなんだ」
「ただ、値段が高くて、平日のランチくらいなら行けるけど、働いているとなかなか難しい・・・なんて話をしてまして。その場には琴平さんもいて、彼女なら平日ランチでも来られるからいいな、なんて言われていたみたいですけど、その際、彼女が『いや、目指すは、フル懐石でしょう』なんて手を握りしめて宣言していましたから、社長のおかげで、みんなの夢が叶ったわけですよ」
「・・・ほお」
 中西は、僕を持ち上げるつもりでその話をしてくれたようだが、僕としてはいささか複雑な心境に陥った。なにせ、栄養学という理知の下す判断に従ったはずの結果が、気づけば、尻尾を振りながらニヤニヤするライオンに化かされた気分になってしまったからだ。
(なんということだ!!)
 僕の油したたる中華は、栄養学という理知ではなく、彼女の隠された本能によって却下されてしまったのかーー?
(うーん、ずるいぞ!!)
 これは、ある意味、信用問題だ。
(僕の油したたる中華を返せ!!)
 恨めしげに思いながら織衣さんの方を見れば、女子社員たちとキャッキャしながら食後の抹茶アイスを食べていた。
 子どものように天真爛漫なその笑顔。
(ずるい。ずるい・・・。ずるい・・か?)
 その幸せそうな様子を見ているうちに、なんだか僕は「まあ、いいか」という気になってきてしまう。
 結果的に、社員の満足度は増したわけだし。
 中華だったら、こうはいかなかったかもしれない。
 どうやら僕の家には、たまに散歩をするライオンがいるようだが、それもなかなかスリリングで悪くない。
 そんなことを思いながら、僕も抹茶アイスを堪能した。


 〜Fin〜

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