見出し画像

回顧録。脱毛に行ったら毛が濃くなった話。

毛深いのがものすごくコンプレックスだった。

今みたいに手軽な値段でどこでも脱毛ができるわけじゃなかったから、デート前夜ともなれば5枚刃のかみそりを片手にアクロバティックな体勢で身体中の毛という毛を剃ったものである。

5枚刃で手が滑るとおそろしいことになるし、人には見せられないようなとんでもない格好をして剃り終えても、翌日の昼にはジョリッとしてきてしまうので、処理が本当に億劫だった。

今はもうつるんつるんなので、あの頃の悩みが嘘みたいだけど、これがいかにありがたいことなのか忘れないよう、悲しい事件を振り返ってみたいと思う。

予約が2〜3ヶ月待ちのサロンに、わたしはせっせと脱毛しに通っていた。
夏までにすべすべ肌になろ♡なんてキャッチコピーが書いてあったけれど、1回じゃわたしの毛根には到底太刀打ちできないし、そのまま夏は終わった。なんなら夏は2、3回通り過ぎていった。

肌を冷やす冷却ジェルの震えるほどの冷たさと、全身が冷えるせいで頻繁に尿意を催し「すいません、お手洗いに……」と言ったときの女性スタッフの「またか」という冷ややかな視線にも耐え、わたしの毛たちは少しずつその生息数を減らしていった。

だが、屈強な毛が一定の割合で生えてくる。

剃ると濃く見えるだけですよ♪などというレベルではない、明らかに鍛えられた剛毛が間隔をあけてちらほら生えてくるのである。

老人をまとめてマシーンに入れると屈強なタフガイが1人出てくる漫画のひとコマを思い出した。弱い毛たちは無念のエネルギーを希望の1本に託したのだろうか。本気でやめてほしい。

さらに脱毛を続けていくと、ありがたいことに初期の屈強な毛たちが息絶え始めた。また新しい剛毛に生まれ変わる者はいるものの、根気よく続けていればいつかはすべてなくなるんだなぁと納得できる効果が見られたのだ。

だが、ある日の施術時に、わたしはつい口を滑らせてしまったのである。
「減ってはいるんですけど、太い毛が生えてきちゃうところがあるんですよね〜」

わたしの背中からひんやりジェルを拭きとっていたスタッフのお姉さんがぴたりと手を止め、「なるほどですね……?」と神妙な面持ちになった。

そしてどこかへ消えてゆき、わたしは結構な時間放置された。
さむい。

やがて、さっきのお姉さんと、さらにもうひとり、その奥に偉いオーラを放った女性が3人で入ってきた。せまい。

あれ、クレームだと思われたのかな!?と、わたしは慌てた。

偉いオーラを放った人は、わたしの目を見ながら、跪いてこう言った。
「太い毛が生えてしまう、という現象がごく稀にあることを我々も確認はしております。これは異常なことで、ただちに脱毛を停止したほうがよいと判断します。」

ええ〜!!ちょっと大げさじゃ……

「えっ、へへ、そんな〜だいじょうぶですよ〜」とヘラヘラ笑うわたしに、彼女は何笑ってるんだとも言いたげな顔で、深刻そうにこう言った。

「今回の分も含め、今後の予約分をご返金させていただきますので」

「え!?いやいや、ちゃんと減ってきてるので通い続けたいと思ってるんです、大丈夫です」

「いいえ!!こういった現象が起きてしまった以上、今後の予約は受け付けられない決まりです。たいへん申し訳ございません」

そんな〜!!こういった現象!?わたしはただ、不思議な現象もあるのね〜という雑談のつもりで話を振っただけなのに、有無を言わさぬ迫力である。

かくして、わたしはその脱毛サロンに2度と行けなくなり、一部の屈強な毛たちを携えて生きることになった。これじゃただ毛が濃くなっただけである。

後から調べたところ、この現象は【硬毛化】といって、稀にあることらしい。そんなに稀なの?と思って調べたら1%くらいだという。わたしは1%の、選ばれし屈強な毛をもつ人間だったんだ……やだ……

かなしい状態のまま脱毛サロンに見捨てられてしまったわたしは、屈強な毛たちの存在が鬱陶しくてたまらず、我慢の限界に達し、特異な毛の持ち主であることを隠したままほかのサロンに通うことにした。

毛たちは徐々にその数を減らし、やがては根絶された。わたしの体毛事情に平穏が訪れて久しいが、あんなに毛嫌いしてごめんね、屈強な毛たちよ。毛だけに。
何度でもよみがえる様子を目の当たりにして、諦めない心と、強くなろうとする心を学んだよ。

ちなみに、毛嫌いという言葉は、「鳥や獣が、仲間や繁殖候補に対して毛並みで好き嫌いを決める」という由来なんだとか。

おしまい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?