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暗証番号 XXXX

月と気圧の影響をもろに うけてしまう。

月の満ち欠けとともに わたしの体も水を孕む。
ただわたしのためだけの孕み子を 産み落とす。

毎月そうリセットを迎え、いまを占う。


古には鹿の骨を焼いて
その焼け跡から未来をのぞいたのだという。
わたしの経血と水は
月の見えない引力に 操作されているのだが、
その未来はだれが見せているのだろうか。

未来を 見せられる というよりも
未来に向けて 積み上げていく という方が
その女の体の現象を 説明する言葉としては
適切ではないかと感じる。


その日の日付
あの時、忘れないようにした。

めでたくはない 烙印のような日だった。


あの朝。
わたしは小学校への登校前にそれを迎えたことを、
驚きと共に母に伝えた。

伝えなければよかった。

あの人は自営業の夫と最悪な姑の間で、
小姑の子どもたち含め毎食10人前を作りながら
働く日々の中に忙殺されていた。
結婚という墓場の怨霊に支配されていた。

所謂、ほんとにあった怖い話である。

墓守にそこから出ることを訴えるばかりで
そこから出ようとしないこと
女の人生だと考えていた。


そのに娘がなった その瞬間、
決して喜べはしなかったのは 今ならわかる。


あの瞬間に 母が放った強烈な嫌悪感と
増えた面倒や手間への疲労感を
わたしは 女の祝いとして 受け取ってしまった。


子どもなんて たわいない。
親の一言で、どうにでもできてしまう存在だ。


その日の日付を わたしは忘れまいとし
様々な暗証番号として使うことにした。


プリペイド携帯

Yahoo!チャットのログイン

親に秘密で始めたバイトのための銀行口座


だれも知らない4桁の数字に
わたしが最初に込めたものは憎しみと決別だった。

自由なるものにこそ その数字はふさわしい。

それは わたしという世界の象徴でもあった。


この数字には
かれこれ20年以上お世話になっていて
何からも推測できない特性から大変重宝している。


そしてここにきて、その由来を思い出し
ソロソロ辞めようかなと 思ってもみるのだが
いまではそれほど嫌いじゃないことに 気がついた。


おそらくもう あの頃欲しがった
確かな自分の世界が
もう手元にあると気がついてきたからだ。

触り倒し 舐め回し 味を確かめてきた。


この湖は そんなに美味しくはないとおもう。
別に輝いてもない。

ふつうのようなこともあったし
ふつうじゃないこともあった。

深度や広さに拘りはない。
どんな形であってもいいとおもってる。

いつだって捨ててもいい。

その湖の姿に関心はない。本心を言えば。

とは言え惑うことはある。
フォロワー1人居なくなっただけで、
おお、それはもしや、と、暗くなったりもする。

だけど本当の自分の姿だなんてどうだっていい。
ほんとは ただそこにある水として
居られれば もう十分なんだ。


興味があるのは、どの水なのかということだけだ。


自分が何者でなくてもいい本心と
自分が何者なのかを追求するわたしは
二律背反のようで
同じものだ。


あの数字は、この湖に至るまでに
必ずや通らなくてはならない暗証番号だったと
いまにして わかった。

そんなわけで、
その数字を扱うことを辞める気は
すっかり消え失せた。


あのキーで開けたドアが何枚もあって
グルグルと螺旋階段を降りて ここにきた。
もう開くドアは 残っていないようだ。
お役御免というわけだ。

おつかれさん。たすかったよ。

#暗証番号 #母 #生理