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◤#振り返りnote◢ 「#note毎日投稿」1ヶ月を終えて。[#31]

2022年1月29日から毎日投稿を始めて、今日で1ヶ月。
数えると、(当たり前だが)30個の記事が溜まっていた。
たがだか1ヶ月かもしれないが、これだけ継続したものは本当に久しぶりで、結構嬉しい。

「1ヶ月続いたものが少ない」と言うと、「飽きっぽい」と思われるかもしれないし、それは否定しない。
そもそも、母数に当たる「新しく始めたこと」が年齢を重ねるごとに減っているのだ。
「安定志向」「ホメオスタシス」「保守的」、どんな言葉やマインドが当てはまるか分からないが、どれも当たっている。

では、なぜ1ヶ月続けることができたのか。
もちろん「努力」とか「継続力」とか「信念」もある。
しかし、それだけでは続かない。

わたしにとって「note」とは

わたしがnoteを始めたきっかけは次の2つ。
①「書くことが好きだから。表現する手段として『書くこと』を、場所として『note』を選択した」
②「ライターという職業に興味を持った。書く習慣をつけるため、長い文章を書く練習をするために『note』を活用した」
①は今後も変わらないし、②は本来の目的通りに経過中である。

「ライター」を志すなら、内容や文体も寄せていく方が良いかもしれない。
しかし、「ライター」になりたいけれど、「『ライター』が書くような文章」は書けないし、今後もここでは書かないだろう。

『note』は本業と分けた、言わば「サード・プレイス(Third Place)」のような位置づけにしたい

素直にそう思った。

日記?エッセイ?

自分の過去の記事を読んでいて、ふと思った。
「わたしはどの路線の“作品”を書きたいんだろう」。

日記とエッセイ。
似ているようで、なんだか違う。
両者の違いを説明してくださっているサイトも読んだ。
じゃあわたしが書いているものは?

30個の間にいろいろ寄り道をした。
「考え方の呈示」をしてみたり、「経験談」を話してみたり、「本の紹介」をしてみたり。
まとまりのない雑記ばかりであるが、結局わたしが書きたいことは、「日常を切り取ること」だ。

気を抜くと、毎日はあっという間に過ぎていく。
前にも書いた通り、「新しく始めたこと」が少なくなると刺激も少なくなるし、アンテナも衰えていく。ますます、同じ日常が繰り返されていく。
そんな日常を、「記録」と言うと大袈裟かもしれないが、切り取って、残したいと思った。
経験したことや発見したことを文字で表したいし、感じていること・感じたことを視覚化したい。

わたしは、「わたしが過ごしている『日常』とそれに付随する『感情』」をあなたとシェアしたい。

読者によっては、もしかしたらわたしの記事は「日記」に分類分けされるのかもしれない。でも、これは「エッセイ」。
これからは、#エッセイ のハッシュタグを付けていこう。

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