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死を覚悟した時

私が会社で人間関係で鬱になり、退職して1ヶ月後。初めての鬱で、毎日1日中何も考えることができずに、ぼーっと抜け殻のように毎日過ごしていた時に頭痛がした。

普段から頭痛持ちだから、いつものように鎮痛剤を服用して横になっていたが、何日経ってもおさまらない。こんなことは初めてで、温冷、鎮痛剤、マッサージとかしてみるけど、痛みは無くならない。

そのうち、左後頭部の下辺りにカーンカーンと打つような痛みに気がついた。得体のしれない頭痛に不安になり、検索しまくった結果、生まれて初めてペインクリニックへ行ってみた。偏頭痛と言われて薬をもらったが、薬は効かず、頭痛も1週間以上している…。そんな中、MRIの検査をするために総合病院に行かされ、結果をペインクリニックにと、不安を抱えたまま病院を何度も往復して、最終、動脈瘤だと診断されて私はフリーズ状態。詳しい検査をするには総合病院で検査入院と言われ、さらに私はパニック状態。両親に相談して、あとは父まかせになった。

幸い、父のつてで大学病院の脳外科の先生を紹介してもらえた。その時に総合病院で言われたのが、大学病院で診察されるまでに急変する可能性はある、何があってもこちらでは責任はとれないからと…。この言葉は私にショックと不安をMAXにするのに十分だった。

急変…そんな言葉、頭から離れるわけないよね。ただでさえ、毎夜、心配で不安だったのに…。万が一、死を覚悟した私はまだ小さい子供たちに遺書をそれぞれに書いた。

寝る前には、次に目を覚ますことはないかもと覚悟した。朝、息をしていない私を子供達が発見したらトラウマになるかもと心配したり、夜中や朝、目覚めると、「あー、私、生きてた」と本当に安心して、ホッとする…それを繰り返す日々。ちょうど夏休みだったから、子供達とも今まで以上に触れ合って。両親が夏休みだからと、私らを近場で旅行に連れて行ってくれたが、これが最後の旅行かもと思い、たくさん写真を撮ったりした。

そして、最初の頭痛から24日経って、大学病院で「左椎骨解離性脳動脈瘤」と診断された。


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