【判例評釈】高度後遺障害残存事案での賠償請求における諸問題【交通事故判例速報】

神戸地方裁判所 平成22年(ワ)第418号

以下は、交通春秋社刊【交通事故判例速報】(No.560)に掲載された以下の判例評釈の内容をウェブサイト用に再構成したものです。

高度後遺障害残存事案での賠償請求における諸問題

【事案の概要】

本件事故は、信号による交通整理の行われている交差点で加害車両が赤信号を見落として交差点内に進入して被害車両と衝突したというものであり、加害者側の一方的過失による事故であることは明らかであった。もっとも、これにより被害者には頸(頚)髄損傷(第5/6頸椎脱臼骨折)による体幹及び両下肢麻痺、両上肢不全麻痺、発汗障害による体温調節障害等の重篤な後遺障害が残存したという事案である(なお、頚髄損傷による四肢麻痺につき、自賠責保険の後遺障害等級認定において「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」として後遺障害等級別表第一第1級1号に該当する旨認定されている。)。

そして、本件は損害算定を巡って、主に以下のような点が問題となった。

1 自営業者の未申告所得が存する場合の基礎収入の認定

2 後遺障害逸失利益算定期間(労働能力喪失期間)の設定

3 将来にわたって発生する損害(看護・介護費用、通院費用、診療費、雑費、光熱費及び灯油購入費用)の算定方法

4 将来の介護機器等買換えによる支出の損害評価

これらはいずれも理論的にはさほど複雑ではなく、一度同種事案を経験した者にとってはいわずもがなの内容ともいえるが、高度後遺障害残存事案で損害算定を行う際に特有の問題であり(しかも、極めてミクロな視点が含まれる。)、知識の整理を行う上でも有用と考えられるため、本稿での題材として選定した次第である。

【各論】

1 自営業者の申告外所得が存する場合の基礎収入の認定

(1)申告外所得の一般的な取り扱い

被害者は事故当時満63歳の男性であり、自営で農業を営んでいた。

なお、被害者の事故前3年間の申告所得の平均額は年額金277万3058円であったが、実際には未申告の農業収入があり、これら未申告分も加算して算定すると、同期間の実所得の平均額は年額金457万0971円であった。

その適否は措くとして、自営業者の場合に申告所得額と実際の所得額に乖離が存するケースは少なくない。そして、所得自体が違法に得られたものではないことから、申告外所得であってもその立証がなされる限り、休業損害や後遺障害逸失利益算定の基礎額算定で考慮するというのが交通裁判実務での建前である。

もっとも、現実的には所得の存在を示す客観的資料が乏しい、あるいは経費率の正確な把握が困難である等の理由により、申告外所得に基づく請求が認められるケースが限られることは周知の通りである(この点は「民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準2006(平成18年)」の下巻(講演録編)、湯川浩昭裁判官による「事業者の基礎収入の認定」に詳しい。)。

これには、「『自らが所得額として申告した額』以上の所得の存在を主張する」という申告外所得主張自体の性格も影響しているように感じられる。

また、前記の「赤い本」においても、「申告外所得の主張は自己矛盾の主張であるので、その認定は厳格に行われるべきであり、収入(総売上高)及び原価や諸経費につき、信用性の高い証拠による合理的な疑いを入れない程度の立証がなされる必要がある」旨指摘されている。

(2)損害計上の内容と立証活動

本件事件でも前記の通り申告所得額と未申告分も含めた現実の所得額との開きが比較的大きく、いずれが採用されるかは休業損害や後遺障害逸失利益算定の際に大きく影響することとなる。そのため、申告外所得の存在を裏付ける立証活動が重要となる。

ところが、申告外所得についてはその性格上、金融機関口座を通じた金銭移動がない場合も多く、本件でも帳簿等も適式に作成されていなかったため、この場合は本人作成の手控えや支払者に対する照会文書の回答等を証拠として提出することを立証活動の中心に据えることとした。

もっとも、やはり厳密かつ客観的な実所得額の立証に不安が残る事案であったため、依頼者(被害者)と協議の上、農業従事者の所得額に関する統計値(農林水産省統計部の農業経営統計調査結果)を休業損害、逸失利益算定の基礎額とすべき旨の予備的主張を追加した。

この農業経営統計調査結果では、主業農家の事故前2カ年の農業所得(総所得から農外所得を控除したもの)の平均値は年額金435万5000円であった。

(3)裁判所の判断

これに対し、裁判所は「原告の休業損害及び後遺障害逸失利益を算定するにあたっては、上記農業経営統計調査による平成15年及び平成16年の額の平均値である年額435万5000円をもって基礎収入とするのが相当である。」と判示し、前記の予備的主張を採用した。

なお、同判決はその理由部分において「原告がその主張する実所得額(前記の通り年額金457万0971円であり上記統計による平均値を若干上回っている。)相当の収入を得ていたことが認められる」とも述べており、原告主張の「実所得額」に対する評価は必ずしも明確ではない。

いずれにせよ、上記のような統計値が算定基礎として採用されたことにより、休業損害、後遺障害逸失利益のいずれについても申告所得額による算定を大きく上回る損害額の認定がなされることとなった。

(4)考察

前記の通り、申告外所得の立証については困難が少なくないことから、これを行う場合、予備的主張として業態別賃金センサスやこれに変わる統計結果等の数値を基礎額とされたい旨の主張を行うことが検討されるべきではないかと思われる。

もっとも、この場合でも当然、そのような賃金センサス等に定める金額程度の所得を得られる蓋然性の立証は必要であろう。

他方、被告代理人として上記のような主張にあった場合には、被害者(原告)の具体的業態ごとに、生じうる経費の種類・内容や額の相場を精査し、その主張するような額の「実所得額」や賃金センサス等に定める額を得るだけの蓋然性が認められない旨の反駁を適切に行うことが重要と考えられる。

 2 後遺障害逸失利益算定期間(労働能力喪失期間)の設定

(1)原告の主張

後遺障害逸失利益の算定期間(労働能力喪失期間)は、「症状固定日から満67歳までとし、被害者が高齢である場合については67歳までの年数と平均余命の2分の1のいずれか長い方を喪失期間として採用するというのが原則」である。

これに対し、本件事件では被害者の強い希望もあり、「逸失利益の労働能力喪失期間は満90歳までとされるべきである」旨の主張を行い、事故で重篤な後遺障害を被るまで被害者は健康そのものであったこと、農家には定年がなく現実にも67歳を超えて農業に従事する主業農家が少なくないこと等をその理由として主張した。

(2)裁判所の判断

これに対し、判決は、格別の理由を示すことなく、「原告について前記原則と異なる扱いをするべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。」とし原告の主張を排斥し、症状固定時の年齢(満67歳)における平均余命(17.07年。平成20年簡易生命表)の約半分である8年を喪失期間として採用している。

(3)考察

同じく定年のない自営業者(開業医、漁業従事者等)などにおいては、満70歳を超えての稼働が可能と認められたケースも裁判例上散見されるところである。この点、本件でも計算上、満75歳までの逸失利益が認められたことにはなるが、これは「平均余命の半分」というルールによるものであり、同年齢まで農業に従事しうることが認められた結果ではない。

この点は満67歳に近い高齢の被害者の場合ではさほど重要ではないが、若年者の場合に満67歳を超えての労働能力喪失を主張する際は、被害者の従事する事業の業界における同業者の稼働・就労の状況を相当程度具体的かつ詳細に立証することが必要となるものと思われる。

3 将来にわたって発生する損害(看護・介護費用、通院費用、診療費、雑費、光熱費及び灯油購入費用)の算定方法

(1)原告の主張

本件では、被害者に頚髄損傷による体幹・両下肢麻痺、両上肢不全麻痺、発汗障害による体温調節障害等の重篤な後遺障害が残存したという事案であり、このため、被害者は終生にわたって、訪問看護・介護員による看護・介護や通院治療(症状の改善ではなく現状の身体機能維持を目的とするもの)、看護・介護用物品の購入を余儀なくされることとなった。また、体温調節障害のため、夏場のエアコンや寒冷期のストーブの利用が欠かせず、これにより事故前よりも光熱費や灯油購入費用がかさむこととなった。

この点、原告は、看護・介護費用、通院治療に関する費用及び雑費(ガーゼ等備品購入費用)については、症状固定日以後自宅療養を開始し、一定期間が経過した後、3ヶ月間の支出実績を記録し、これを元にそれぞれの費目について1年あたりの所要額を算出し、それぞれについて生存可能と見込まれる年齢(ここでも原告は満90歳を主張)までの年数に応じたライプニッツ係数を乗じて算出するという扱いをとった。

また、光熱費、灯油購入費用等については、事故がなくとも一定程度の支出は必要となったはずであるほか、季節によっても支出額は大きく増減することになる。そのため、これらの費目については、事故前年と事故翌年の同じ8ヶ月間(7月~翌年1月)の支出実績を対照して各月ごと差額(事故後の増加額)を算出し、これをもとに事故後増加額の年額を割り出してライプニッツ係数を乗じるという処理を行った。

(2)裁判所の判断

これに対し、裁判所は、「3ヶ月間の支出実績」ないし事故前後の支出実績の対象結果を元にした原告主張をいずれも採用する一方、算定期間については症状固定時の年齢(満67歳)における平均余命(17.07年)を元に17年(ライプニッツ係数:11.274)を採用した。

(3)考察

①将来看護・介護費用算定の基礎額に関して

この点、支出実績を元にした看護・介護費用(月額金55万1076円)の主張については、被告より「要介護度5の要介護者に対して行われる居宅サービスの平均利用状況を元にした利用サービス額(月当たりの平均値は金22万円弱程度と見積もられた。)を大きく超えている」として、その一部の支出の必要性・相当性が争われていた。

もっとも、この点については「訪問看護・介護サービスを受ける側の受傷内容・症状や通院の必要性・頻度等は様々であるため、必要となるサービスの内容・程度も千差万別である」とし、「上記の個別事情を捨象して、原告の看護・介護費用の一部について必要性・相当性を欠くものとする被告の主張は採用することができない。」旨判示された。

そして、その余の費目についても、支出実績を元にした原告の基礎額の主張がいずれも採用されている。

将来分の損害の請求を行う場合、上記のように一定期間の支出実績を元に基礎額を算出する扱いが一般的と考えられるが、この場合、反論を行う被告側としては統計値による概括的、一般的な主張にとどめるのではなく、各事案ごと、被害者ごとの個別事情を考慮した上で、具体的かつ客観的な反論を行う必要がある。

なお将来介護費用の認定例は事案によって幅はあるものの、概ね日額1万円から3万円台の間で認定されている裁判例が多く、これに照らせば本件事件の認容額(日額にして概ね1万8000円程度)が不相当に高額であるとまではいえない(将来介護費に関する裁判例の動向については、「民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準2011(平成23年)」の下巻(講演録編)、山田智子裁判官による「重度後遺障害の将来介護費の算定に関する諸問題」に詳しい。)。

②算定期間について

算定期間について裁判所は平均余命を採用し、かつ1年に満たない端数は切り下げた上で算定に用いるべきライプニッツ係数を割り出している(但し、1年に満たない部分について単に切り捨てるか四捨五入するか等については、必ずしも統一的な運用はとられていないのではないかと思われる。)。

そして、この点に関しては、類似の案件について統一的かつ公平な取り扱いを行うという見地から、一律、平均余命を算定期間として採用することには一定の合理性があるものといえる。

4 将来の介護機器等買換えによる支出の損害評価

(1)原告の主張

前記「3」のような、将来にわたって常時支出を余儀なくされる費目とは異なり、介護ベッドや車いす、介護リフト(場合によっては車両の改造費用なども含まれる。)といった大型機器の購入やメンテナンス費用などのように、一定期間ごとに買換え費用等の支出を余儀なくされる費目がある。

本件でも電動車イスやバッテリー、介護用ベッド、車イスへの移乗用の介護用リフト等の買換えが問題となった。

これらは年当たりの支出額がなく、これに算定期間に相当するライプニッツ係数を乗じるという単純な算定方法をとることが出来ないため、別途の考慮が必要である。

そのため、原告は、①各物品ごとに耐用年数を割り出し、②初回購入時から同時点における平均余命までの間に必要となる買換えの時期、回数を割り出し、③初回購入時から各買換え時期までの年数に応じた「現価表」記載のライプニッツ係数を乗じ、④これを初回購入費用と併せて請求する、というやや複雑な処理を行った。

この将来の買換え費用の算定に当たっては、訴状に「物品購入費現価計算表(初回購入分及び将来分)」と題する表を添付し、これを引用して主張する形とした。

(2)裁判所の判断

これに対し、裁判所も上記①~④の方法による算定を採用し、訴状添付の上記「現価計算表」が判決書の別紙として添付されることとなった。

(3)考察

この点、このような将来の物品購入費の算定については購入価額を耐用年数で除して「1年当たりの支出額」(のようなもの)を算出し、これに通常のライプニッツ係数(年金現価表記載のもの)を乗じるという扱いも考えられないではない。もっとも、この算定方法は上記①~④の処理に比べて簡便ではあるものの、買換えの実態に即しておらず理論的にも正確性を欠く。そのため、やはり買換時期ごとに算定する上記処理によるのが適切と思われる。

また、これらの物品は、通常、被害者が生存している限り必要となるものであるから、例えば、「耐用年数7年の電動車いす」の初回購入時、被害者の平均余命が仮に15年であったとすると、7年経過後と14年経過後の2回の買換が必要となるものとして算定してかまわない。

5 その他の問題(後期高齢者医療保険繰上実施による保険金相当の損害)

なお、被害者は症状固定時満67歳であり未だ満75歳には至っていなかったが、本件事故によって重篤な後遺障害を被ったことにより、後期高齢者医療保険の繰上実施が行われることとなった(なお、同保険制度では、満75歳以上のいわゆる「後期高齢者」のほか、満65~74歳のいわゆる「前期高齢者」のうち広域連合から障害認定を受けた者も被保険者とされている。)。

その結果、被害者は症状固定時の年齢から74歳まで8年分の後期高齢者医療保険金(年額金1万3177円)の支払を余儀なくされることとなったという事情がある。

そして、この8年分の後期高齢者医療保険金(合計金10万5416円)は、本件事故がなければ本来支払う必要のなかった費用であるとし、「本件事故と因果関係のある損害と見るのが相当」とされた。

以上

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神戸の弁護士・中小企業診断士の中村真(なかむらまこと)は交通事故案件、中小企業支援、事業再生・事業承継、税務争訟、相続案件等に注力しています。

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