ベルト:負けず嫌い
僕は地方の高校三年生。
勉強はできる方だが、
内向的な性格で友達が少ない。
そんな僕には「青木」という親友がいた。
青木とは高校一年の時に、
席が隣同士だったことがきっかけで、
仲良くなった。
青木は、勉強はいまいちだが、
スポーツ万能で、
太陽のように明るい性格だった。
僕とはまるで正反対…
そんな青木から、
「お前、卒業したらどうすんの?」
と、聞かれた。
僕は、
「地元の市役所でも受けてみようかな」
と、答えた。
僕は、進学して勉強もしたくなければ、
就職して汗水流して働きたくもなかった。
ただ、生きてく上で勉強はしなくても、
働いて生活費を稼ぐ必要はある。
だから漠然と市役所を選択しただけだ。
「青木は?」
「俺は、東京で起業する。波に乗ったら、お前を雇ってやるから、一緒に働こうぜ」
…青木は夢見がちなところがある。
でもその前向きな姿勢が、
僕は嫌いじゃなかった。
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高校を卒業して、
僕は青木に言ったとおり、
地元の市役所職員になった。
「地方公務員は住民の味方」
そんな態度で接していても、
住民は、
「税金泥棒」だの
「人の税金で飯を食いやがって」だの
「いいわね、いつも暇そうで」だの
心無い言葉を浴びせてくる。
そんな日常を5年も続けていたら、
感情も凍ってしまう。
僕はきっと、死んだ魚の目をして
住民のありがたい言葉を、
拝聴していたのだろう。
変わり映えのない日々に、
流石に嫌気がさして、
久しぶりに、青木に連絡してみることにした。
「おかけになった電話番号は、現在ー…」
…あれ?どうしたんだろう。
僕は、記憶を辿ることにした。
青木に嫌われるようなことをしたか?
いくら過去を遡っても、心当たりがない。
鈍感な僕でも、流石に胸騒ぎがした。
ーーーーーーーーーー
高校時代、青木の家に泊まりに行ったこともあり、
青木のご両親にはよくしてもらっていた。
青木の母親が作るオムライスは、
お店を開けるレベルで美味しかった。
ケチャップの酸味が効いたチキンライスを、
とろとろに仕上げた卵で包みこんだそれは、
当時の僕を虜にしていた。
そんな青木の両親に話を聞くため、
古い連絡網を取り出して、電話をかけてみた。
「プルルル…はい、青木です」
青木の父親だ。
「もしもし、僕です。青木くんの友達の…」
「おお、君か。久しぶりだね。元気だったかい?」
「はい、おかげさまで。お父さんもお元気そうですね」
「私は…なんとかね」
急に声のトーンが下がった。
まるで風の音が急に静まり、
森の中で一瞬静けさが広がるような雰囲気になった。
僕は率直に尋ねた。
「何かあったんですか?」
少しの間沈黙が続いたが、
青木の父親は重い口を開いた。
「息子が…自殺した」
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青木の父親の話によると、
青木は3ヶ月前に、職場の寄宿舎で、縊死していたらしい。
縊死とは、いわゆる「首吊り」である。
社員が寄宿舎のトイレのドアを開けた時、
「ドスッ」という音がしたので、
床に目をやると青木が倒れていたという。
首には革製のベルトが巻かれていたため、
おそらくベルトをドアに挟んで自殺を試みたのだろう。
ベルトはバックルに通されていて、
荷重がかかるとキツく絞まるようになっていたことから、
確実に死にたいという意思が伝わってきたという。
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一通り説明してくれた青木の父親は、
長く、力ないため息をついた後に話し始めた。
「息子は、誰よりも負けず嫌いだった。その反動が、このような結果を招いたのかもしれないな…」
「どうゆうことですか?」
「息子は起業をすると言って家を飛び出し、東京に行ったんだが、上手くいくはずもなく路頭に迷った。ただただ借金を作ったので、隣町の運送会社でボロボロになるまで働いていたんだろう…」
青木は本当に起業をするために東京に行っていたんだ。
「失礼ですが、連絡は取らなかったんですか?」
「もちろん電話をかけたさ…だが君も知っての通り、連絡はつながらず、息子から連絡が来ることはなかったよ」
確かに、僕が連絡しても虚しい音声が流れるだけだった。
僕は「今度お線香をあげに伺います」と告げて電話を切った。
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僕は電話を切った後、
青木の父親が言ったことを考えた。
「負けず嫌いの反動が、こんな結果を招いた…」
負けず嫌いには2種類あると思う。
ひとつは、負けるのが嫌いだから、必死で努力する人間。
もうひとつは、負けるのが嫌いだから、戦わない人間。
…前者が青木で、後者が僕だ。
「どうして、努力する青木が死んで、努力しない僕が生き残っているんだろう」
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