残り1日:評価
人間は、世間体を気にする生き物だ。
義務教育を通じて「普通」であることの大切さを、
脳に焼き付けられている。
少しでも道を逸れようものなら、
後ろ指を刺されて嘲笑され、場合によっては罵倒される。
トラブルの種を植えるくらいなら、
世間に慣れ親しんだ種を植えた方が、
楽に生きていけると「錯覚」する。
そう、あくまで錯覚なのだ。
他人が作った世間体という小さなプランターに、
自分という種を蒔いたところで、
窮屈になるに決まっている。
ブルックスはきっと、
耐えられなかったのだろう。
この社会しか知らない
俺ですら辛いのだから。
ーーーーーーーーーー
せっかくの休日も、
出口のない迷路に延々と時間を費やし、
嫌悪感のみが蓄積された。
いつものようにトーストを胃袋に落とし込み、
陰鬱な気持ちで会社に向かう。
道中すれ違う人間は同じような顔をしていて、
マネキンの世界に転生されたのかと一瞬戸惑った。
会社に着くと、支店長がすでに出社していた。
「おはようございます。今日も早いですね。」
陽気な仮面をつけて、簡単に挨拶をする。
「おはよう。いやー、偉そうな上司って好かれないだろ?たまにはこうして早く出社して、メンツを保たないとな。ははは。」
なるほど、ここにも世間の評価を気にして生きている人間がいた。
部下から好かれるために行動する上司は、
いいように利用されるのがオチだ。
そもそも、ろくに仕事もしないくせに
早く出社したからといってメンツが保てると思うな。
目的と手段が噛み合っていないだろ。
…おっと、陰鬱な自分の感情に、
拍車をかけるところだった。
「さすがです。私も支店長を見習います。」
…俺だって、わざわざ上司から嫌われたくない。
ーーーーーーーーーー
不動産の世界では、いかに契約を結ぶかで成績が決まる。
いくら秀逸なアイデアマンだとしても、知識武装したインテリマンだとしても、顧客の心を掴めなければ業績は上がらない。
つまり、顧客からの評価を獲得できる人間しか、生き残れない世界なのだ。
俺がこの世界で生きていられるのは、仮面を持っているからにほかならない。
「顧客の気持ちに寄り添う仮面」を磨き上げた結果、今では当エリアでの営業成績トップだ。
しかし、初めから順調だったわけではない。
入社当初は、俺が提案する物件に対して、顧客が不服を言おうものなら、すぐに接客の態度が悪くなっていた。
そんな人間からは、顧客も同僚も離れていった。
そんな時、家の近くの本屋で立ち読みした内容を、半信半疑で実践した途端に、成績はうなぎ登りになったのだ。
日本人は読書人が少ないので、たった数ページ本を読むだけでも、びっくりするほど他者と差がつく。
そして、その本から学んだ知識を、自分の経験で培ったものかの如く保管する。
部下にアドバイスしたところで「うるさい上司」というレッテルを貼られるのも癪だし、わざわざライバルを増やしたってメリットがない。
そして何より、
自分という価値を取り上げられるのが怖いんだ。
ーーーーーーーーーー
世の中は、人からの評価で構築されている。
仕事につけるかだって、人の評価。
恋人と付き合えるかだって、人の評価。
人からの評価を得られなければ、
生活することも、子孫を残すこともできない。
日本は恵まれているため、
「最低限度の生活」は確保してくれてはいるが、
それに甘んじる人間を生産しかねない。
ある意味では、そこに甘んじることのできる人間が、
人生の勝ち組なのかもしれない。
人からの評価を気にしない生き方なんて、
俺にはできそうもない。
少なくとも、この世界では…
ーーーーーENDーーーーー
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?