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大規模怪異発生日記5

主な登場人物


万禮ばんらい久幸ひさゆき、ヒー、始祖:
かど凌司りゅうしのバンパイアにおける直系始祖。
かど凌司りゅうし、りゅーし:
万禮ばんらい久幸ひさゆきのバンパイアにおける直系係累。
左から
大空ひろたか久幸ひさゆきの実兄スカイの伴侶。鳥人。
千夜ゆきやす久幸ひさゆきの兄の子孫。久実ひさのりの母方の祖父。
久実ひさのり久幸ひさゆきの兄の子孫だが、
ヒューマン社会には久幸ひさゆきと共に
二卵性双生児と偽って生活している。千夜ゆきやすの孫。
左から
西田にしだ絵理香えりか凌司りゅうしの元妻。朗正あきまさ華代かよの生母。
朗正あきまさ凌司りゅうし絵理香えりかの子。母と同居。
華代かよ凌司りゅうし絵理香えりかの子。幼少時に父方祖母の養子となる。
左からラン:久幸ひさゆきの友人。凌司りゅうしの恩人。
トゥ、師匠:久幸ひさゆきの友人。凌司りゅうしの魔術の師。
泰市たいち:ランとトゥの伴侶猫。

話中の万禮一家は、
メンバーシップ「夢了の皿」会員の万禮様のオリジナル・キャラクターで
設定その他は会員様御本人と話し合っております。
711号室出演者≒メンバーシップ会員様は常時募集中です♡

万禮様の偶さか日記も併せてお読みいただくと解像度とエモさが跳満です。


界狭間復活


暗夜迷宮日記スクショ 第五更新分
20230315~20230312
テキストは以下

20230312

始祖や師匠の友人
C'mon諭かもんさとの皆が界狭間の
回復の為に奔走してくれた。
始祖が直系係累の私にくれた家で
二つある界狭間の間口が二つとも
――タイミング的に間違いないと思われるが――
怪異のせい・・で、
いまだ断絶させられているからだ。
始祖と始祖の持ち物、
師匠と師匠の遣い魔、
C'mon諭の京斉ちかなり店長と彼が造ったアンドロイド真代
ヒトと人工物だから
怪異に対抗するには
絆が足りないのかもしれないと言って、
十輝ときさんは全ての世界線の中で
最も絆が強いという
ブ×アティルトという世界で
傭兵をしていたという
ナリスさんとチカッツさんを交互に連れてきて
界狭間の再構築を試みていた。
今日は二番目三番目に
絆が強いと十輝さんが信じる
十輝さんの子孫の
ハイドさんとシャウさんという二卵性双生児と
ハイドさんの伴侶フレデリックさんを
ナリスさんとチカッツさんに加えて連れてきた。
ハイドさんが界狭間の暴走で
異星や異界に強制的に飛ばされた際に
シャウさんが幾度も界狭間を創り出して
迎えに行ったのだそうだ。
一つの世界線では
ハイドさんとフレデリックさんは結婚できたが、
三つの世界線で結婚する事なくとも
フレデリックさんは死して後も
他星のハイドさんの許へ馳せ参じたのだそうだ。
更には全員が全員と
各々既に深い絆が
築かれているそうで、
界狭間は界狭間自体の暴走以外では
縁が路を創るという
仮説が正しければ開かれる筈であるという、
界狭間を自在に行き来して
薔薇の苗を宇宙中から集めていた
十輝さんの経験則に裏付けられた強い信念だった。


師匠の界狭間口があった二階の家事室で
全身が総毛立った。
ナリスさんとハイドさんと
C'mon諭の皆と始祖と私が見守る中、
ポウッと灯るような
黄金色の不思議な靄から
チカッツさんとシャウさんとフレデリックさんが
颯爽と現れたのだ。
初めて師匠が私の目の前で
師匠の遣い魔との縁を通じて
界狭間を構築して
隣市の私の旧宅から現れた時の
衝撃と感動が蘇った。
そしてあの時の何十倍もの感謝が
安堵と共に噴出して、
思わず皆に抱きついて
喜びと感謝を伝えてしまった。
私は界狭間の存在に
知らぬ間に依存していた事を痛感した。
怪異を退けられるまでは
全員の毛髪と爪を間口に設置して
界狭間を維持する事になった。
DNAを持つ物の利用は
敵の手に落ちると危険極まりないので
場面を選ぶが、
古来より最も強力な手法なのだそうだ。
ウチから徒歩圏のケーキ屋やパン屋に
毎日のように通いたいという
チビ猫獣人達の下心からの執念だったとしても
感謝しかない。

20230313

ラッキーキャアット♪ ウーッ♫
ラッキーラッキーキャアット♪
露天風呂を上がって屋内に入ると、
何処からともなく少し掠れた低めの女声の歌が聞こえた。
はっきりと聞き取れたが、
実際は鼻歌程度の声量だった。
バンパイア特有の知覚鋭敏化がまた進んだのだろう。
ホラ大丈夫♪ 平気平気♪
ああ、懐かしい楽曲だ。
忌野清志郎さんのラッキーボーイだったか。
愛息朗正の小さい頃に歌った記憶が蘇る。
ちょっとや♪ そっとじゃ♪ へこたれない♪
痛いの♪ 痛いの♪ 飛んでけ♪
転んで焦がして♪ ベソ掻いて♫ 日が暮れて♪
着替えながら共に口遊んでいて、
突如カクッと膝が折れた。
替歌の様子が不穏なので私は洗面室から飛び出し、
歌声がまだ続いている厨房へ首を突っ込んだ。
だけどー♪ ラッキーキャアット♪
焦げたらカラメルでーきたー♪
何処にあったのか絶妙な角度で設置した脚立に、
器用に跨がって立った
身長60センチ程の若草色のおかっぱ頭のチビ猫獣人が、
ソース作り用の小さな五徳のコンロの上で
ミルクパンを揺らしている。
ラッキーな猫♪ 失敗もーチャンスーさー♪ ラッキーキャアット♪
「ナリスさんか、お早う。
火傷したなら直ぐに冷やさないと。
何処を痛くしたの?」
「オハヨー、凌司ちゃ。
大丈夫大丈夫、舐めとけば治るって」
「火傷を舐めちゃ駄目だよ。
痕が残るし、
ピリピリ痛んで痕になるまで
ずっと不便な事になるからね」
私は製氷機の氷を一つ二つ水と共に入れたビニール袋の口を縛ると、
彼女がしゃぶっていた右手の人差し指へ差し出した。
「調理を続けたいなら私がこうして氷嚢を持っておくから、
ちゃんと火傷した処を押し付けるんだよ」
「うん、ありがと」
「何作ってるの?」
「カラメル」
「なるほど。最初の予定は?」
「ガムシロップ」
「ガムシロってわざわざ作る物なの?」
思わず頓狂な声が私の口から零れた。
そういえばかつての喫茶店では銀色の器になみなみと提供されたか。
店によってとろみや風味が微妙に違うと感じた時代が確かにあった。
「ほぞんりょー入ってるとなりだどが心配するから作るの。
なりだどってゆーのはね、
なりちんのヒューマンのパパの事ね
……んーと、拾って育ててくれたヒト」
「はいはい、名料理人だっていう」
「あったりー!」
「ガムシロの他は何を作ろうと思ったの? 
バターと生クリームが出してあるけど」
「アー!! そうだった! 
甜菜糖半分は生キャラメル作ろうと思ってたんだった!」
「キャラメルなんて作れるものなんだ?! 
凄いな、ナリスさん」
ゴミ箱の空になった小さな甜菜糖の袋に向けられた
彼女の恨めし気な眼差しに
私が気づいたのは直後だった。
「そこにさ、
評判のお菓子屋さんがあるんだけどさ、
評判の生キャラメル、
すっごくイイオネダンしたからさ、
ググったら作れるって書いてあるじゃん?」
「なるほどね。
キャラメルって甜菜糖じゃないと駄目なの? 
喜界島の黒糖粉なら有るんだけど」
「たぶん大丈夫! 
貰って大丈夫ならちょうだい!」
「勿論。
ところで、独りなの珍しいんじゃない?」
私は氷嚢を彼女に手渡すと
黒糖の容器を吊戸棚から取り出しながら
疑問をぶつけてみた。
「なりちんね、ちかちんとケンカしたの」
「そうか、原因は?」
「忘れちゃった」
「ハハハ、
忘れちゃうくらいカッとなったんだね、きっと」
「そうなんだよ! 
だから、生キャラメルもケチっちゃうんだよ。
ちかちんが食べたいって言ってたんだけどさ、
なりちんの貴重なオヤツ用お小遣いから
あのキンガクは出したくない気分なんだよ! 
分かる?」
「うん、仲直りはしたいけれど、
気分的に予算上限を上げられないって事かな?」
「そう! それ! 
あ、久幸さま、オハヨー」
「ナリチャンお早うさん。
俺もそろそろ『久幸ちゃ』になりてぇなー」
「良いの?」
「良いよ、つか、寧ろ嬉しいネ」
「うん。じゃ久幸さ……ひさにゅきちゃ」
「おっしゃ! 『久幸ちゃ』イタダキマシター!」
始祖はナリスさんが噛んだ事を華麗にスルーして
大げさに喜んでガッツポーズを決めて見せると
私の頭上に視線を走らせた。
吊戸棚に仕舞われている大量のプロテインに用があるのだろう。
「久幸さん、プロテイン?」
「おう、コーヒーのヤツ、よろ。
ナリチャンも飲む?」
「なりちん、プロテインはノットフォーミー・・・・・・・・だったから良い」
「クックックッ……うん、良い言葉だなソレ」
ノットフォーミー、私の為のものではなかった、
好みではないという言葉をオブラートに包んだらしい。
朗正も何時からか使っている。
他者の好みを否定しない良い言葉だと私も思う。
その後三人で黒糖生キャラメルを作った。
初めてにしては美味くできたと思う。
ナリスさんがチカッツさんと上手く仲直りできる事を祈る。

20230314

ホワイトデー。
バレンタインデーに頂いた分の御礼に
市内のパティスリーでクッキーの詰め合わせを
サイズ別に三種買って届けに廻った。
元妻絵理香えりか、劇団本社の八名、
ナリスさんとチカッツさん。
ファンへの本人からの返礼は
禁止されているのが幸いだ。
大層気合いの入った贈り物が
ファンクラブ経由で七十八名から届いていた。
有り難い事だ。
本社の一名は本気チョコらしいから
十二分に気を付けるよう
社長と吉田きったから別々に忠告を受けていたので、
頂いた物に見合った金額ながらも
皆と同じクッキーにした。
ナリスさんとチカッツさんと件の彼女は大きな箱、
本社の七名は小さな箱、
元妻は中くらいの箱。
期待を打ち砕ける事を期待して、
ナリスさん達宛の二箱もわざと持って、
最初に非番の元妻の許へ、
次に本社へ行った。
始祖が策士だねぇと腹を抱えて笑った。
何とでも言うが良い。
バンパイアとなったばかりの今、
退魔師となったばかりの今、
大規模怪異発生中の今、
色恋に溺れる勇気など
とてもじゃないが持てない。
恋というものは
落ちる時には落ちてしまうものだから
冷静でいられる間くらいは
遠ざけておきたいのだ。

20230315

瞼と頭が鉛のように重くて起き上がれず、
何時の間に喉に居着いた棘虫にのど飴で対抗していると、
始祖から精神感応念話が飛び込んだ。
何と、健康優良バンパイアそのものの始祖が、
同じ症状に苦しんでいると言うではないか。
放送禁止用語が飛び出すほど辛いようだ。
私が哀れになって詫びの言葉を掛けると
始祖は即座に反省の色を見せた。
念話しているつもりは無さそうな
「何で?」という言葉が繰り返される。
そう言われてみればそうだ。
この邸内どころか、
この敷地内で昨夜まで
花粉症の症状が出た事は無かった。
界狭間復活が関係するなら
一昨日にはこうなっていても不思議ないが
今朝になるまでこの邸内では快適に過ごせていた。
確かに何故……?



宜しければサポートの程、お願い申し上げます。 頂戴したサポートは、 闘病生活と創作活動に充てさせていただきます。 スペインはグラナダへの長期取材を夢見ております。