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美しすぎる未発表曲The Beach BoysのWon’t You Tell Meに溢れる不器用オヤジの愛

こんにちは、Kazuです。2021年、Beach Boys名盤SunflowerとSurf’s Upの50周年を記念して、アルバムのリマスターと未発表音源をまとめた”Feel Flows”がリリースされました。

今回、そのデラックス版のみに収録されている、息を呑むほどほど美しい”Won’t You Tell Me”について、詳しくまとめていこうと思います。色々調べていくと、この曲にはバンドメンバーのブライアン、デニス、カールの三兄弟に対する厳しかった父の不器用な家族愛が見えてきました。

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ファンが待ちに待ったFeel Flows

EUにはファンにとってありがたーい法律があります。それは著作権隣接法。録音以降、発表されなかった音源は50年を過ぎると著作権切れを起こし、誰でもリリースしてお金稼ぎができる状態になってしまいます。50周年記念は豪華になるアーティストが多いのはそのためです。

2020年にリリース予定でしたが、色々と問題が起きたようで半ばリリースされるのか怪しい状況が続きましたが、ついに2021年、8月に待望のリリース!

精神的に不調をきたしていたメインソングライターのブライアンと、それをカバーするために成長を遂げたバンドメンバー全員が力を合わせて完成させた名盤Sunflower、新たにマネージャーを迎え、イメチェンを図り見事ヒットチャートに返り咲いた名盤Surf’s Up。今回その一環でリリースされるのはファンからの人気の高い中期の2枚のアルバムを中心としたボックスセットです。

また同時期にデキはいいのにレコード会社側から却下された曲等多いことからこのボックスセットでは多くの質の高い未発表曲を高音質で聴くことができるほか、アカペラや別バージョンなど少々マニアックなものまで。あまりBeach Boysを知らない人にも僕みたいなオタクにもみんなが楽しめる作品となっています。


今回本作の5枚組版ボックスセットにのみ収録された曲があります。それがWon’t You Tell Meです。

5枚組版のみに収録されたWon’t You Tell Me

まずは聞いてみてください。

このバージョンはブライアンと彼の弟カールが2人でボーカルを担当しています。どうですか?めちゃくちゃ美しくないですか??、、鳥肌もののこの曲が50年近く未発表だった上、2枚組のスタンダード版には未収録なのは犯罪なのでは、と思っています。公式も過小評価しているのでは??という感じです。

この曲の裏側に見る父の不器用な息子への愛

さて、ここからは本楽曲に少々マニアックに踏み込んで行こうと思います。

あまり詳しくない方のために簡単にThe Beach Boysのメンバー紹介と当時の状況の説明を。

左からカール、ブルース、マイク、ブライアン、アル、デニス。1970年撮影。

時は1969年に遡ります。メンバーは最盛期の天才メインソングライターでプロデューサーだったブライアン。その兄弟のカールデニスこの記事には主にこの3人が登場します。そしてこの3人の従兄弟だったマイク・ラブ。ブライアンの友人のアル・ジャーディン。途中加入したミュージシャン、ブルース・ジョンストンの6人。

歴史的名盤Pet Sounds、バンド最大のヒットGood Vibrationsに続く新しいアルバムSMiLEの制作に頓挫したブライアンは精神的に病んでしまい、徐々に制作意欲を失っていきます。同時にバンドもヒットチャートから離れ、特にアメリカでは過去のバンドとして見る者も多くなっていました。そんな最悪の状態から抜け出すために奮闘する中で、これまで作曲していなかった他のバンドメンバーがソングライターやプロデューサーとして成長。特にブライアンの弟だったデニスとカールは著しい成長を見せていました。その才能が最高潮に達したメンバーと少し復調気味だったブライアンは力を合わせて新しいアルバム”Sunflower”の制作を始めます。

さて、Won’t You Tell Meを掘り下げていきます。
本楽曲はBeach Boysのメインソングライターのブライアン・ウィルソン、、と思いきや、マリー・ウィルソンの作曲によるもの(*1)。ブライアンと彼の兄弟デニスとカールの父親です。

マリーは日常的に幼い息子達に暴力を振るい、Beach Boysのマネージャーとなっては「ブライアン、オイラだって天才なんだぞ」とブライアン達のレコーディングに口を出し、しまいには解雇された腹いせに、勝手にBeach Boysの曲の版権を二束三文で売り払う、メチャクチャな父なのですが、音楽家としてのスキルも持つ一面もあり、Many Mood Of Murry Wilsonというインストのアルバムもリリースしています。

ブライアンとは1969年、Break Awayという曲を共作し、シングルリリース。大ヒットはせずともファンの間で人気の高い楽曲です。(ボーカルはカール・ウィルソンとアル・ジャーディン)

Feel Flowsのライナーノーツ用のインタビューでは、ブライアンは父との共作について「共作する時はピアノに一緒に座って曲を作った。僕は彼の音楽をリスペクトしてたし、彼も僕のをリスペクトしてくれてたよ」と回想しています。

そんなオヤジがマネージャーを解雇された際、腹いせの一環として、新たにSunraysというBeach Boysの二番煎じバンドをプロデュースしデビューさせます。

そのバンドにブライアン的立ち位置であったRick Hennという男がいました。マリーが作った「オイラを裏切ったBeach Boysを潰すために作ったバンド」のメンバーではありましたが、リックはカールと友人で、今回のBoxにも収録された”Soulful Old Man Sunshine”という素晴らしい楽曲をブライアンと共作するなど、ウィルソン兄弟とは友好的な関係を築いていました。

なんならカールがオヤジが面倒なバンド作りそうだから入ってくれと頼んだとの話も。

Sunraysは地域的な小ヒットを記録したものの解散。それからしばらくして、父マリーは「Beach Boysは最近ヒットがでねぇから俺が曲を書いてやった。プロデュースしてくれ。」といった感じでリックにとある曲のプロデュースを依頼します。

それが今回ご紹介する”Won’t You Tell Me”です。

1997年発売のSunraysのボックスセットのライナーノーツにはリック本人がWon’t You Tell Meのセッションの模様を詳細に明かしています。

“Sunraysが解散してしばらく経ってから、マリーはBeach BoysのためにWon’t You Tell Meを作曲して、僕にアレンジとデモをレコーディングしてくれないかと尋ねてきたんだ。バンドとボーカルのアレンジを完成させてからハリウッドにあるサンセット・スタジオを押さえたよ。”

そのセッションの最中、なんとウィルソン家の次男、デニス・ウィルソンがスタジオに顔を出します。

“トラックを録音していると、彼の息子のデニスが現れた。僕は「なんでこった、彼はこのセッションをメチャクチャにするつもりなのか?」って瞬時に思ってめちゃくちゃ驚いたけど、ホッとすることに実際の彼はとても親切で、簡単にこう続けたんだ。「あぁ、リック、コード進行は最高だし、ベースラインも好きだよ。だけど少し試してみたいことがあるんだ。」そして彼がやったことは、テープを一オクターブ分遅くしてギターとピアノを録音した。それを通常のスピードで再生するとマンドリンや弦が揺らめくようなトレモロのような効果を得ることができたんだ。これを聞いたマリーは大喜びでいたく気に入っていたようだった。彼は息子がこの曲でやったことをとても誇りに思っていた様子だったよ。”

上記のようにデニスはギターとピアノをテープのスピードを落として録音することで、音像が揺らめくような印象をこの曲に与えることに成功しました。これには普段は厳しいマリーも喜んでいたそう。
そんな本楽曲のコーラスにデニスは参加します。

それからデニス、マーティ・ディジョバンニ、ドン・ラルケ、レイ・ポールマンと私の4人でボーカルを録音しました。

この時にリックが録音したテイクは長い間リリースされることなく、倉庫で眠っていましたが、先述の通り、Beach Boys版が正規リリースされる遥か前1997年にSunraysのボックスセットに収録されることになり上記のライナーノーツとともに日の目を見ました。また、2014年にはレコードでのシングルリリースもあったようです

リックやデニスの協力でバッキングトラックを完成させたマリーはついにBeach Boys版のレコーディングに乗り出します。Feel Flowsのライナーノーツによると1971にレコーディングが行われます。まず、ブライアンのホームスタジオにて、ブライアンがオルガンを弾きながら弾き語りするDemoが今回のFeel Flowsに収録されています。

冒頭、父マリーとブライアンの会話が。マリーは「この5年間でお前らにとって最も最高の曲だぞ」といつもの調子でブライアンに言っており、それに対しブライアンはわざとらしく爆笑していますw

(余談ですが、最近ブライアンの娘のカーニーのインスタライブをたまたま覗く機会があったんですが全く同じ笑い方でしたw)

そして、リックのバッキングにブライアンとカールに歌わせたものが冒頭に紹介した完成版です。美しすぎるのでもう一回載せちゃいましょうw

マリーの狙いも虚しく、ブライアンやカールはあまり乗る気じゃなかったのか、少しラフにボーカルを録音しています。ラフでも美しいのは天使の歌声とも称されるカールと、美しいファルセットを持つブライアンだからこそなせる技でしょう。ただでさえ美しい楽曲なのに、さらにその2人の美声が重なる、、美しくならないはずがないんですよ。当然ながら当時正規にリリースされることなく、長年音質の悪いブートでしか聞くことができませんでした。

この録音から2年後の1973年、ブライアンの精神状態は過去最悪な状態になる中、マリー・ウィルソンは55歳で突然この世を去ります。ブライアンはあまりのショックから葬儀にも出席しなかったそう。
そして83年にはデニスが、98年にはカールもこの世を去ります。精神を病んでしまっていたブライアンはその後完全復活し、彼らの魂を胸に活動を続けています。

リリースこそされなかったものの、マリーが紡いだこの美しすぎる曲にはブライアン、デニス、カールの息子全員が関わる結果となりました。プロデュースを担当したリックはライナーノーツをこう締めくくっています。

全体としてこの曲は愛と友情の真の祭典になった。これは当時ヒットのなかった息子たちのために、マリーが心を込めて書いた曲なんだ。数日後、ゴールドスターのスタジオAでミキシング中にカールがこの曲を聞いて僕にいった言葉を今も覚えています。「わぉ、僕のオヤジのためによくやってくれたね、本当によくやったよリック」。この曲はヒットにはならなかったかもしれないけど、この曲には本当にいい雰囲気で満ち溢れていたんだよ。”

息子に暴力を振るい、常に高圧的。褒めるなんてことはほぼないといった父親像は常にBeach Boysの歴史では悪役として扱われますが、やはり実の父です。不器用ながら息子たちのために何かやらなければ、という気持ちでいっぱいだったのでしょう。その表れが先ほど紹介したBreak Awayであり、そしてこの”Won’t You Tell Me”なのでしょう。

(*1)今回リリースされるFeel Flowsにはブライアンはこの曲の共作者としてクレジットされています。ライナーノーツ用のインタビューでこの曲について尋ねられたブライアンはこの曲をマリーと共作ではなくブライアン自身が単独で書いたと主張しています。しかしながらこれに関してはファンの間でもブライアンの記憶違いの可能性が指摘されている他、先述の通りプロデュースの大部分に関わったリックもマリーが書いたことを記憶していることからマリーが中心に書いたと思われます。もしブライアンが単独で書いたのなら、おそらくブライアン主導で録音を行っているはずです。

おまけ

ブライアンにはマリーが作った歌で忘れられない一曲があったそうです。タイトルは”His Little Darling and You”。
2008年、ブライアンはこのメロディが忘れられず、その曲を改作して発表することにしました。
それがこちら。

アルバムの本編には含まれませんでしたが、2008年、彼の完全な復活作とも言える”That Lucky Old Sun”のベストバイ限定盤のボーナストラックに収録されました。これがまたボートラにするには勿体なさすぎるくらいの名曲なんですよね。

マリーとBeach Boysの関連曲を3曲紹介しましたが、マリーとブライアンが音楽を作ると何かマジックが起こる。そんな気がします。

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