見出し画像

希望であり光であり

羽生結弦さん
お誕生日おめでとうございます。

ずっとずっと
そして
いつもいつも
全力のフィギュアスケートを届けてくださって
どうしたら誰もが傷つかずにいられるか精一杯考えて言葉を紡いでくださって
自分の表現で
誰かの何かのほんの少しでもいいから
前を向くきっかけになったらいい
と思って
がんばり続けてくださって
本当にありがとうございます。

私の母は89歳、今は寝たきりです。
その昔、母と私で親子スケート教室に参加して以来、母はスケートが大好きになり、その後、アイスダンスに転向し、78歳になるまで週に2、3回、レッスンに通っていました。
リンクでは時々フェスティバルがあり、グループを組み、みんな、ひらひら、ふわふわ、キラキラな衣装を着て踊っていました。
当時の写真を介護サービスのスタッフさんたちにお見せすると、皆さん、わーわー、きゃ~、と歓声を上げながら喜んで見てくださいます。中高年になってもスケートを滑ることはできるし、こんな素敵な衣装を着たりして演技したりもできるということを、写真を通してお見せすることで、皆さんの心がぱあっと明るくなって、希望や光が生まれるようでした。

母が趣味で自分のために続けていたスケート。
今は認知症も進み、自分がスケートをしていたことも忘れてしまっていますが、写真たちが皆さんに希望や光をお届けしているのを見ていると、スケートをしていたその時も、もうできない今も、同じ、と、感じて、このことが私に何かを教えてくれて、それは、何と言い表したらよいのでしょうか。

したこと、してきたことが、及ぼすものは、いつも永遠の今ここに現れる、影響を与える、そんな感じでしょうか。

この世にも人の心にも、光りと闇、善悪など、底しれない深み、茫漠とした広がりがあり、嫌なこと、拒絶したいこと、NOなことから目を背けても、それを無いことにはできません。
自分にとって受け入れがたくNOにしているものたちに、光へと通じる道みたいなもの、そこに自分の命につながる恩恵みたいなものを見つけたとき、自分が見ていた方向とは別の角度を見ていて、違った想いが現れていて、それを受け入れたその先に、自分は何を伝えるか、どう表現するか、思いやりという想像力を精一杯駆使して、やってみる、挑戦してみる。いつも、修正し続け、調整し続ける。
(諦めない、けど、疲れたらちょっと休もうか、笑)

羽生さんの
これまでも
今も
あなたの存在が
どれほどたくさんの人たちの心を
明るく照らしているか
希望であり
光であり
どれだけ多くの人たちに
何かに気づくきっかけを
与え続けているか
(母は認知症が進んでスケートにあまり興味を示さなくなってもテレビで羽生さんのスケートが映るとじっと見つめていました)
本当にどうもありがとうございます。

母が、今、スケートをしていなくても、過去にしてきたことで、周りの人たちの心に明るい希望や光をお届けしているように(と母を引き合いにするのはあまりにもおこがましいですが)、羽生さんが表現してきたこと、羽生さんの想い、この先の未来にも、たくさんたくさんもうすでに届いていると、私は想っています。

これからも
お健やかに
お幸せに
がんばってください。
いつも本当にどうもありがとうございます。

お誕生日おめでとうございます🌈


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?