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埋立地の風景━━村上春樹とパトレイバー

 高度経済成長。それは宮本浩次の歌詞を引用するならば「我々の上の世代の人間が神風のように猛然と追い続けた繁栄という名のテーマ」であった。
 「我々の上の世代」とひとくくりにして良いかは分からないが、その時代を通過した人間の胸にのみ立ち現れる心象風景というものはあるかもしれない。そんなことを、村上春樹とパトレイバーという組み合わせから想起した。思いついただけなので、下記に引用してこの文章を終える。

 僕は昔よく車を停めて海を眺めていたあたりで立ちどまり、防波堤に腰かけてビールを飲んだ。海のかわりに埋立地と高層アパートが眼前に広がっていた。のっぺりとしたアパートの群れは空中都市を作ろうとして、そのまま諦めて放置された不幸な橋げたのようにも見えたし、父親の帰りを待ちわびている未成熟な子供たちのようにも見えた。
 それぞれの棟のあいだをぬうようにしてアスファルトの道路がはりめぐらされ、ところどころに巨大な駐車場があり、バス・ターミナルがあった。スーパー・マーケットがあり、ガソリン・スタンドがあり、広い公園があり、立派な集会場があった。何もかもが新しく、そして不自然だった。山から運ばれた土は埋立地特有の寒々しい色をして、まだ区画整理されていない部分は風に運ばれた雑草にぎっしりと覆われていた。驚くばかりの素速さで雑草は新大地に根づいていた。それはアスファルトの道路に沿って人為的に移植された樹々や芝生を小馬鹿にするように、いたるところにしのびこもうとしていた。
 物哀しい風景だった。
 しかし僕にいったい何を言うことができるだろう。ここでは既に新しいルールの新しいゲームが始まっているのだ。誰にもそれを止めることなんてできない。                
                     村上春樹『羊をめぐる冒険』
「それにしても奇妙な街だなここは。あいつの過去を追っかけてるうちに、何かこう時の流れに取り残されたような、そんな気分になっちまって。ついこの間まで見慣れてた風景があっちで朽ち果てこっちで廃墟になり、ちょっと目を離すときれいさっぱり消えちまってる。それにどんな意味があるのか考えるよりも速くだ。ここじゃ過去なんてものには一文の値打ちもないのかもしれんな」
「俺たちがこうして話してるこの場所だって、ちょっと前までは海だったんだぜ。それが数年後には、目の前のこの海に巨大な街が生まれる。でもそれだってあっという間に、一文の値打ちもない過去になるに決まってるんだ。たちの悪い冗談に付き合ってるようなもんさ。帆場の見せたかったものって、そういうことなのかもしれんな」
                 『機動警察パトレイバー the Movie』

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