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AVとタトゥーと私

三上悠亜さんが元AV女優であり、CA4LAの広告に起用されたことがきっかけとなり、AV女優は表の世界に出てくるな論調が私のSNSにもチラホラ出てくるようになりました。

たまたま、みかけたXでの投稿に、AVはタトゥーと一緒、みたいな主張があり、タトゥーもあるAV女優として面白いな、と感じました。

かいつまんでその内容を説明すると、AV出演はタトゥーを彫ることと似ていて、それはプールやお風呂に入れなくなるのを分かっていても彫るし、それはしょうがないだろ、と。隠せるワンポイントの人もいれば、全身入れちゃってる人もいる。そして、入れるプールもあるし、入れないとこもある。AV出演も同じだよ、と。

みた瞬間、はあ?ってなりました。

だって、アメリカの感覚ででタトゥーを入れた私は、日本以外の国でプール制限されることは今までも、これからもないし、ここまでタトゥー差別をする国は日本しか私は知らないから。

タトゥー差別を当たり前のように言ってるけど、それ非合理的な893の見分け方のルール運用によるものだからね?と言いたい。

仮にそれもAVがタトゥーと同じ理由なら、確かにAV出演者を忌み嫌うのは勘違いやノリ、なんとなくの気持ち、というような倫理的正当性も合理性ない主張が殆どだと思う。

唯一少しは理解できる理由として、タトゥーまみれの人がお風呂にいたら怖いと感じるお客さんが来なくなるから、タトゥーまみれの人はお断りする、みたいな話し。

でも、おそらく最もお風呂やプールの経営的に合理的なのは、バランスをとって、隠せるならOKにしたり、贔屓にしてくれているお客さんには直接話し合って時間帯を決めたり、もしくはタトゥーOKな知り合いのお風呂やプールを紹介すること。

タトゥーをAV出演の比喩にすることに関して、私が一理あると思ったこともある。

それは、店としてはお客さんの嗜好は変えられないということ。もっと広く言えば、他人の意見はその人にしか変えられないから、とりあえずは受け止めた上で次の行動を決めないといけないということ。

そこは納得できるし、そこも含めた投稿だからこそ、私は自分事としてさらに考えた。

確かにタトゥーを入れたことで、入れないプールやお風呂はある。ただそれは日本に限った話しであって、海外にも住んでいたことのある私からしてみると、比重としてはそこまで絶望的ではない。ブタペストの温泉プールにも、地中海クルーズの船上プールにもタトゥーの入った人は居た。

しかも、日本でだって、タトゥーがあっても入れるお風呂はあるし、むしろそういう場所のおかげで、私は今も大好きな銭湯やプールに行けている。

また、OKな施設に対して感謝の気持ちさえ抱く。

そういう意味でも、タトゥーをいれたからといって、全てのお風呂やプールが完全出禁なわけでは全然ないし、投稿にもあった通り、世の中にはタトゥーが許されている場所もある。

しかも、こういってはなんだが、非合理的かつ差別的な施設やそれの運営者利用者を避けることさえ出来ていて、正直何も困っていないというのが実状である。

さらに言うなれば、私にとって私のタトゥーにはとても大事な意味がある。

私のタトゥーは、とある映画の主人公と、その主人公がスランプに陥った際に、意外な方法で助けてくれた友達の2人が描かれたイラストをいれたものだ。

また、アメリカ留学時代の親友は、その主人公を助けたキャラクター単体を彫っており、その親友との繋がりも意味する。

私は心身を病んで、死にかけたことがある。

だからこそ、回復中に、このタトゥーをいれた。病んでいる人、スランプに陥っている人がいたら、手をさしのべられる人間でありたいし、私がまた病に臥すことがあれば、回復を応援してくれる人に助けを求めることを忘れたくない。そんな意味がある。

わたしだって、なんの考えもなしにこのタトゥーをいれたわけではない。

不便だと思うこともあるが、後悔はしていない。

このタトゥーの持つ意味が今の私にとっても、過去の私にとっても重要であり、かつこのタトゥーを禁止しない人や施設で私の生活圏は保たれているから。

AVもなんの考えもなしに出演したわけではない。

むしろ、強い思いがあってやったことだし、何一つ後悔していない。

また、辞めたあとにAV女優としての経験がむしろ活きてくるようなキャリアもある程度想像した上で選択している。

その次のステップのために、私はこうしてnoteに今の思いを書き残しているし、書いてないけど、きっと将来役に立つ色んなことも学んでいる。

そして、わたしはわたしの選択を受け入れてくれる家族、友人、同僚に大変恵まれている。

そして、この仕事についてしまった以上、今後もっと多くの支えに助けられる。

進まなくていい道を進んだとは思うし、良く思ってない人もいるだろうし、閉ざされた道も沢山あると思う。

でも、わたしは困っていない。自分のしたいことが出来て日々楽しい。

そして、今後もきっと後悔しない。

今後困ることがあっても、ある程度の見立てと、行く先々での新たな出会いや学びによって、困り事も解決していくから。

自分の選択を受け入れられるくらいには、考えて行動しているから。


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