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もう戻らない僕らの時間を 【#リライト金曜トワイライト】

君も思い出すことがあるんだろうか?
あの丘での時間を。
思い描いてた未来を、君はその小さな両手で叶えているんだろうか。
あの頃の君は、いったい何を追いかけていたんだろう?

夕焼けに染まるあの日の君の、淋しそうで厳しい、まっすぐな眼差しを思い出す。
胸ポケットの手紙の感触を確かめて、僕は長い階段を登りはじめた。

 

 

引っ越しの荷作りをしていたら、色あせた封筒が出てきた。
角が少しだけ丸っこい、ていねいに書かれた僕の名前。
その文字を見ただけで、君と過ごした日々が色あざやかに立ち昇ってくる。
僕は封筒を手にしたままソファに沈み込んだ。

あの頃、迫りくる未来の足音から逃げるように、僕は君のすべてを感じようとしていた。
まるで、自分の脳内に君をピン留めするかのように。
何もかもがいとおしくて、何もかもが切なかった。
今振り返ると、それはまるで海に沈む夕陽のような時間だったのかもしれない。
人生のほんの一瞬の、圧倒的な景色。

 

◆◇◆

 

「・・・・・・ない?」
振り返った君の声は、露店の発電機の音がかき消してしまったけれど、何となくわかっていた。
「お祭りらしく、ラムネにする?」
いつから、ラムネの瓶の口はプラスチックになったんだろうね?・・・なんて答えの要らない話をしながら、君はラムネを僕に持たせて金魚を掬う。

もわんとした熱風に、ソースが香る。
焼きそば、イカ焼き、かき氷。
たこ焼き、たません、ベビーカステラ。
まぁるい頬、ゆるふわアップと、揺れるピアス。
ごった返す露店の隙間を歩きながら、君がよろけた瞬間、マシュマロのような淡くて甘い香りが鼻先をかすめた。

 

人混みを避けたベンチでプルタブを引いた瞬間、ビールの泡が盛大に飛んで、君ははじけるように笑った。
「あのね。企画が通ったんだよ! ジャーン!」
そう言って、君がバッグから取り出したのは、ポップな缶ドロップ。
君が初めて担当した新譜の初回限定盤のノベルティで、CDジャケットと同じデザインに、アーティストのロゴが入っていた。
「うわぁ‼ ホントだ! ね、もう一度・・・乾杯!」
缶ビールをかかげた君の瞳に、光が宿る。
大きな競合プレゼンを終えたばかりで、珍しく早く上がれたその日。
時間に追われる毎日からのつかの間の解放感と達成感が、ふたりを包んでいた。

ふんわりとやわい小指の感覚、そっと触れる肩先が、マシュマロの香りを運んできて、口もとまできた言葉を溶かしてしまう。
僕は言葉をさがして空を仰いだ。
紅く染まっていた雲は、ビルの谷間に消えてゆく。
そのとき、遠くで花火が鳴った。

 

先に口を開いたのは、君だった。
「お腹、減っちゃったね」
素直な言葉に、思わず笑ってしまう。
「うち来て、なんか食べる?」と言うと、君はパッと笑顔になってクスクス笑う。
「“なんか食べる?”って言うけど、ホントに作れるの?」

冷蔵庫にあった材料で、レンコンのはさみ揚げをささっと作ると、君は目をまんまるくした。
青磁の小皿に盛ったのは、カレー粉を少しだけ混ぜたスパイス塩。
キンキンに冷えた辛口の日本酒とお猪口に、はさみ揚げ。
お盆にのせてそろそろと運んでゆく君の白いうなじを、今でも覚えている。

 
ソファに並んで飲み直しながら、仕事のこと、未来のことを語り合う。
ナイターはいつの間にか終わっていて、勝ち投手のヒーローインタビューが始まっていた。
ふと「仕事しかない人生なんてイヤだな」という本音が、口をついて出た。
そのとき、君が言った言葉を僕はまだ忘れられない。衝撃だった。
「私は仕事したー!って思って、死にたいよ」って。

合図は、僕の耳をかすめるような甘噛みだった。
ほろ酔いの目の前を、君のピアスが揺れる。
ほの紅く染まるマシュマロの頬に手を伸ばし、ひんやりした唇を重ねると、君はそのまま僕の胸に身体を預けた。
冷酒とマシュマロが香り立って、思わず抱きしめる手に力が入る。
ゆっくりと開いた君の瞳が潤んで見えたのは、きっと冷酒のせいだけではないはず。

 

◆◇◆

  

「ねぇ、紙ヒコーキ作って。飛ぶヤツ」

あの丘のベンチで君がファイルから取り出したのは、クリーム色の上質紙。
いつも打ち合わせに君が使っていた少し厚めの紙だった。
指を滑らせて真ん中を折り返し、先をちょっとだけ重くする。
一番飛んだカタチを思い出しながら丁寧に折って、所在なさげな君に渡す。
立ち上がって、細い弓のように身体をしならせたテイクバックのあと、君は美しいスナップでそれを手放す。
オレンジに染まる海に向かって、紙ヒコーキは悠々と滑り出した。


僕らの信じた未来も、希望をのせた紙ヒコーキも、悠々と飛んでいくはずだった。
遠く遠く。どこまでも。


「ニューヨークに行くことになったの」
ベンチで膝を抱えた君は、まっすぐに海を見つめたままそう言った。
あの瞬間の、君のまっすぐで厳しいまなざしを、僕はずっと忘れないと思う。

とぷん・・・と夕陽が海に落ちると、空は劇的に色を変えていく。
紙ヒコーキは強い海風にあおられて、いつの間にかどこかへ消えていた。
いつまでも悠々と飛び続けたらいいのに。

 

◆◇◆

 

ねぇ。覚えてるかな。あの丘を。
駅から続く階段を登りきると海が見える、あの丘。
さっき、君と同じ場所から紙ヒコーキを飛ばしたんだ。
あれは、君からの色褪せた手紙。

ていねいに折った紙ヒコーキで僕は、あのいとおしい君の文字を、言葉を、帰らない僕らの時間を、空に向かって手放した。

 

あれからいくつもの季節を越えて、“絶対”なんて無いことを思い知った。
暮れていく空に浮かぶ一番星のように、君はどんどん輝きを増していく。
アーティストに認められ、業界でも認められ、君が羽ばたけば羽ばたくほど、僕らの時間はすり減っていった。

でも、それで良かったんだ。
夢をのせた紙ヒコーキは、今でも悠々と空を滑っているのだろう。
風にのって、軽やかに、たおやかに。
もしもいつか、世界のどこかですれ違ったら、手を振り笑って通り過ぎよう。


君の大切にしてた思いは、思い描いてた未来は、今でも輝いていますか?
お祭りは変わらずやってきます。
人混みにまぎれても、きっと遠くからでも見えると思う。
僕は、この街で生きています。

 

  

【あとがき】

この小さな物語は、池松潤さんの企画 #リライト金曜トワイライトへの参加作品です。
本編は、潤さんの書かれたこの作品をリライトしたものです。

潤さんのこの作品を読んだとき、その淡くて青い思い出に、甘酸っぱさとほろ苦さを同時に覚えました。
どこか、身に覚えのある感情と感傷が、記憶の底から顔を出して手招きするからでしょうか。
あぁ、私はおとなになっていたんだなぁ・・・と改めて思いました。

リライトする目線で改めて読み直したときには、まったく違う方向性の感想を持ちました。
定点的に淡々とつづられる、恋と人生の交差点。
何しろ、余白が多いなぁ・・・と。
どこか自分の思い出が入り込む余地があるというか、読み手が情報を足して自分の物語にしてしまえるような、そんな広めの行間を感じました。

さて。この若い恋愛小説を、どう料理するか。
・・・そもそも、自分以外の誰かが書いた文章のリライトの経験なんて、ないのです。
おこがましいけれど、こんな楽しそうな企画ならやってみたい!と、心のなかでピンピンに手を挙げてしまったので、もう書くしかありません。
ガンバレ! 私!


リライトのポイントは、以下の2点です。
➀シーンの分解と組み立て
➁描写の言葉選び

➀シーンの分解と組み立て
まず、経験が浅いなりに、シーンの切り分けを考えました。
潤さんが見せたかったように、私が物語を捉えることができていたかどうかは、正直わかりません。
シーンを読み違えたところは、呑みながら「ちがうよー、これ! 元々のストーリーはこうだったんです」って教えてくださったらうれしいです。

MVやショートフィルムのような演出にしたかったので、映像的にどのシーンを頭に持ってきたいか考えて、切り分けたシーンをざっくり組み立て直しました。
冒頭は、私がクライマックスにしようとした“手紙で折った紙ヒコーキを飛ばすシーン”につながるよう、その少し前の時点に設定しました。


➁描写の言葉選び
実は、ここがいちばん注力したポイントです。
池松さんの行間を、意図的に私の五感で埋めてみようと思いました。
恋愛のもつキラキラや欲望、不安や葛藤を、香りや色彩、視線の動き、皮膚感覚などで表現してみようと思ったのです。
五感を言葉に変換して、様々なシーンにペタペタ貼っていく作業は楽しかったのですが、読み手にとっては好みが分かれるところかもしれません。


参加できて(とりあえず間に合って)、うれしいです。
初めて誰かの書いた文章をリライトしてみた感想は、ただひとこと。
楽しかったし、面白かった! またやってみたい!
・・・この感想・・・小学1年生の夏休み作文か!笑

でも、本音です。
素晴らしい機会をくださった池松潤さん、ありがとうございました。

ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!